暗夜行路
- 作者
- 志賀直哉
- 成立
- 1921-1937
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
書き上げるのに十六年かかった小説である。前篇と後篇からなり、志賀の長篇はこれ一作しかない。
主人公時任謙作は、自分の出生に秘密を抱えている。父と折り合いが悪く、その理由が分からない。やがて兄から知らされる。謙作は、母と祖父のあいだにできた子だった。
つまり父と思っていた人は実の父ではない。父が自分を疎んじる理由が、そこで分かる。
後篇では、結婚した妻直子が、謙作の留守中に従兄と過ちを犯す。謙作は許そうとするが、許せない。理屈では受け入れられるのに、体が受けつけない。 この状態が長く続く。
最後、謙作は鳥取の大山に登り、病を得て倒れる。そこで自然に溶け込むような感覚を得る。駆けつけた直子は、夫が助かるかどうか分からないまま、その顔を見つめる。和解が成立したとも、しなかったとも書かれずに終わる。
筋だけ取り出すと通俗的だが、読んだ印象はまったく違う。事件そのものより、そのとき謙作が何を感じたかに紙数が費やされる。散歩、旅、食べたもの、天候。城の崎にてと同じ書き方が、長篇の規模で続く。
文学史における評価と影響
「小説の神様」と呼ばれた志賀の、唯一の長篇として特別な位置にある。
評価の中心は文体である。短い文、少ない修飾、比喩をほとんど使わない書き方。多くの作家が手本とし、そして真似できないと言った。 完成度の高さそのものが、この作品の内容だという言い方さえされる。
同時に、この作品ほど批判された小説も少ない。太宰治は死の直前の評論で、志賀を名指しで攻撃した。 何も考えていないのに堂々としている、という趣旨である。苦悩の中身が薄いのに、書きぶりだけが立派だ、という批判にあたる。
批評家からも、この作品に思想がないことが指摘されてきた。謙作の悩みは出生と妻の過失という個人的な事情に尽き、社会も歴史も出てこない。日本の近代文学が内向していく典型として論じられている。
それでも読まれ続けている理由は、その内向の徹底にある。何かを主張するのではなく、自分の感覚だけを正確に書く。その一点を極限まで押し進めた例として、他に代わりがない。
十六年かかった事情も語られる。志賀は書けない時期が長く、途中で放棄しかけた。書けないまま生活した記録が、そのまま作品の遅さになっている。
あらすじ
前篇。時任謙作は幼い頃に母を亡くし、祖父に育てられた。父とはうまくいかず、その理由が分からない。祖父の妾だったお栄が身近にいる。
謙作は文学を志し、放蕩もする。友人と交わり、旅をする。そのあいだ、自分の中の据わりの悪さが消えない。
謙作はお栄と結婚しようと考える。それを機に、兄から出生の秘密が明かされる。
謙作は、父が留守のあいだに母と祖父のあいだにできた子だった。父と思っていた人は実の父ではない。母は謙作を産んだ後、その負い目を抱えたまま死んだ。
謙作は打ちのめされ、尾道へ移って一人で暮らす。その後、朝鮮へ渡った兄を訪ね、京都へ移る。
後篇。京都で謙作は直子という娘を見初め、結婚する。穏やかな生活が始まる。子が生まれるが、まもなく死ぬ。
謙作が旅に出ているあいだ、直子は従兄の要と過ちを犯す。
帰った謙作はそれを知る。理性では、直子に責めるべき点は少ないと分かっている。相手が親族であり、断りきれない状況だったことも理解できる。
それでも許せない。直子を責めまいとするほど、体が拒む。夫婦は同じ家にいながら、口をきけなくなる。
謙作は、自分がなぜここまで苦しむのかを考える。自分の出生と、直子の過ちが、どこかで重なっている。 母がしたことと、妻がしたことが、同じものに見えてくる。
謙作は一人で旅に出る。鳥取の大山に登り、寺に滞在する。
そこで謙作は変わる。山の中で、自分が自然の一部に溶けていくような感覚を得る。夜明けの光、風、遠くの海。自分の悩みが、それらの前で小さくなっていく。
だが謙作は病に倒れる。知らせを受けた直子が駆けつける。
直子は、夫が死ぬかもしれないと感じる。同時に、助かっても助からなくても、自分はこの人から離れないという気持ちになる。
謙作は目を開けて直子を見る。その先は書かれずに、小説は終わる。