赤と白

原題
Lucien Leuwen
作者
スタンダール
成立
1894
フランス
時代
19世紀

概要

書きかけで放り出された長篇である。現存するのは二部。第一部は地方の駐屯地での軍隊生活と恋、第二部はパリでの官界の経験。第三部はイタリアを舞台にする構想があったが、書かれていない。恋の誤解も解けないまま原稿は途切れる。

主人公リュシヤン・ルーヴェンは、パリの大銀行家の息子である。赤と黒のジュリヤンとは正反対の位置に立っている。 ジュリヤンは貧しい大工の息子で、すべてを自力で勝ち取らねばならなかった。リュシヤンは富も後ろ盾も生まれつき持っている。

それでもリュシヤンは幸福ではない。何を望むべきか分からない。世の中は腐敗しており、自分もその腐敗に加担している。恵まれた青年の無為と倦怠が、この小説の主題の一つにあたる。

もう一つの主題は政治である。七月王政期の選挙干渉が、内側から詳細に書かれている。 買収、脅迫、票の操作。リュシヤンは政府の意を受けてその汚れ仕事を自ら行い、嫌悪しながら続ける。

この作品が放棄された理由は、まさにそこにある。当時スタンダールは現職の政府の官吏——イタリアのチヴィタヴェッキアの領事——だった。政府の選挙工作を暴く小説を、政府の官吏が刊行することはできない。スタンダール自身、原稿の余白にこの事情を書き残している。

同じ時期に自伝アンリ・ブリュラールの生涯も書かれ、こちらも未完に終わった。原稿は死後に断片的に刊行され、全体の校訂版が整うのは20世紀に入ってからである。

文学史における評価と影響

スタンダールの三大長篇——赤と黒パルムの僧院、そしてこの作品——の一つに数えられる。

位置はまず赤と黒との対比によって示される。上昇の意志がないところに何が残るか、というのがこの小説の問いである。ジュリヤンを動かしていた野心を取り除くと、残るのは倦怠だった。この主題は19世紀後半の小説が繰り返し扱うことになる。

七月王政期の政治の描写が最大の価値にあたる。スタンダールは官吏として実態を内側から知っていた。この正確さは同時代の他のどの小説にも見られない。刊行できなかった理由と、いま評価される理由が同じである。

父ルーヴェン氏の造形は、しばしばこの作品の最大の成果とされる。機知に富み、人生を遊戯として楽しむ老銀行家で、息子を愛しながらその生真面目さをからかい、時に進路を勝手に操作する。フランス小説で最も魅力的な父親像の一つと評される。

未完であることは評価を複雑にしている。それでも、現存する部分だけでスタンダールの最も成熟した筆致が示されている、とする見方は根強い。

あらすじ

第一部。ナンシー。

理工科学校を政治的な騒動で放校になった青年リュシヤン・ルーヴェンは、父の力で騎兵少尉の職を得る。赴任先は東部の地方都市ナンシー

そこで見たのは、退屈な駐屯地の生活と地方社会の俗物性である。士官たちは無教養で粗野。町の上流社会は王党派と体制派に割れ、互いに憎み合っている。リュシヤンはそのどちらにもなじめない。

やがてリュシヤンは若い未亡人シャストレール夫人と出会う。王党派の家柄で、美しく聡明である。二人は深く惹かれ合い、リュシヤンはこの恋によって初めて生きる意味を感じる。

だが二人の関係は周囲の策謀によって壊される。恋を妨げようとする者たちが手の込んだ芝居を仕組む。シャストレール夫人が密かに子を産んだ、という偽装である。リュシヤンはそれを信じ込み、絶望してナンシーを去る。誤解は解かれないまま第一部が終わる。

第二部。パリ。

パリに戻ったリュシヤンは、父の力で内務省の要職を得る。そこで目にするのが官界の腐敗である。

選挙への露骨な干渉。買収、脅迫、票の操作。リュシヤンは政府の意を受けた選挙工作のために地方へ派遣され、その汚れ仕事を自ら行う。 有権者を買収し、対立候補を貶める。嫌悪を覚えながら、なお続ける。

パリの社交界も同様である。地位と金だけが価値で、誰もがそれを追っている。リュシヤンはこの社会に加わりながら、それを軽蔑している。だが抜け出す道も見つからない。

やがて父が死ぬ。そして銀行が破産する。 リュシヤンは富と後ろ盾を同時に失う。

原稿はこのあたりで途切れる。構想では、リュシヤンはこの後、外交官としてイタリアへ赴き、シャストレール夫人と再会するはずだった。

作者

登場する文学史