愛人 ラマン

原題
L'Amant
作者
マルグリット・デュラス
成立
1984
フランス
時代
20世紀以降

概要

1984年に刊行された小説である。デュラスは当時七十歳で、それまでの作品は限られた読者にしか読まれていなかった。この本はフランスで百万部を超え、その年のゴンクール賞を受賞した。

分量は短く、日本語訳で百五十ページほどになる。

舞台は1930年代のフランス領インドシナ、現在のベトナムである。語り手は老いた女性作家で、自分の十五歳半のころを回想する。貧しいフランス人の家の娘と、裕福な中国人の青年との関係が中心になる。

書き方に特徴がある。時系列に沿わない。同じ場面が何度も戻り、そのたびに細部が変わる。語りは「私」と「彼女」のあいだを断りなく移る。段落は短く、余白が多い。

デュラスは1914年、フランス領インドシナのサイゴン近郊で生まれた。本名マルグリット・ドナデュー。両親は本国から赴任した教師で、父は早く死んだ。母が買わされた土地の失敗は事実で、デュラスはこれを繰り返し書いている。

中国人の青年との関係も実際にあったとされる。ただし年齢や経緯について、デュラスの証言は時期によって食い違う。

デュラスはこの素材を生涯に三度書いた。1950年の太平洋の防波堤では母と堤防が中心で、少女と男の関係は別の形になっている。この作品が二度目。1991年の北の中国の愛人は、映画化の企画に反発して書き直したもので、青年の造形も結末も違う。

1992年、ジャン=ジャック・アノー監督による映画が公開された。デュラスは脚本の段階から対立し、完成作を認めなかった。

デュラスは1996年に死去している。

文学史における評価と影響

記憶の書き方が最も論じられる。同じ場面——渡し船、帽子、靴——が何度も戻り、そのたびに語が入れ替わる。時系列に整理されない。書いている現在の時間と、書かれている過去の時間が同じ平面に置かれる。

人称の扱いも同じ働きをする。「私」で語っていた文が、次の段落では「彼女」になる。自分の過去を、自分のものとして語る位置と、外から眺める位置が交替する。

自伝として読めるかどうかは、この作品では確定しない。デュラスは事実にもとづくと述べる一方、同じ素材を三度、別の形で書いた。何が起きたかより、それをどう書き直し続けたかが作品になっている。この点で、事実と創作の区別を前提にした自伝の枠組みから外れる。

植民地の状況も背景として働く。支配する側のフランス人でありながら貧しい少女と、支配される側の中国人でありながら裕福な青年。人種と階級が逆向きにねじれており、どちらも自分の側の集団から外れている。二人が結ばれない理由も、この配置から来ている。

ゴンクール賞は、それまで実験的な書き手と見られていたデュラスを一般の読者に届けた。同時に、この受賞によって初期の作品が読み直されている。

あらすじ

冒頭で、老いた語り手が、ある男から「若いときより今の顔のほうが好きだ」と言われた話を書く。そこから十五歳半の自分に戻る。

一家はフランス領インドシナに住んでいる。母は現地の学校の教師をしていたが、植民地の役所に騙されて、海水が入る土地を買わされ、堤防を築いて失敗した。以後、家は貧しい。

三人きょうだいがいる。上の兄は阿片を吸い、家の金や母の宝石を盗み、弟と妹を脅す。下の兄はおとなしく、姉に懐いている。母は上の兄だけを愛している。

メコン川の渡し船の場面が、この作品で最も繰り返される。少女は寄宿舎に戻る途中で、船の上に立っている。男物のつばの広い帽子をかぶり、金色のラメの靴を履き、母のお下がりの薄い服を着ている。

一台の黒い車が乗っている。降りてきた中国人の青年が、少女に話しかける。フランスに留学して戻ってきた、大金持ちの息子である。

青年は少女を寄宿舎まで送る。以後、青年が用意した街の一室で二人は会うようになる。

少女は、自分がこの青年を愛しているのか、金のためなのか、自分でも分からない。青年は少女に夢中で、そのことに苦しんでいる。父が絶対に許さないと知っているからである。

家族は事情を知っている。だが止めない。青年に食事をおごらせる。会食の席で、兄たちは青年に一言も口をきかず、料理を食べ、店を出る。青年が金を払う。

母は娘を殴り、売春婦だと罵ることがある。同時に、金の出どころを問わない。

寄宿舎にエレーヌ・ラゴネルという少女がいる。語り手はその体に強く惹かれる。エレーヌを青年のところへ連れていきたいと考える。

やがて別れが来る。青年の父は、中国人の女との縁談をすでに決めている。青年は逆らわない。

少女はフランスへ帰る船に乗る。出港のとき、岸壁に青年の車が停まっている。青年は中にいて降りてこない。少女はそれを見ている。

航海の途中、船で若い男が海に飛び込んで死ぬ。夜、甲板でショパンのワルツが流れる。少女はそこで泣く。

数十年後、パリで電話が鳴る。青年からだった。妻と子を連れてパリに来ている。声は変わっていない。青年は、あなたを愛することをやめられなかった、死ぬまで愛し続けるだろうと言う。

作者

登場する文学史