太平洋の防波堤
- 作者
- マルグリット・デュラス
- 成立
- 1950
- 国
- フランス
- 時代
- 20世紀以降
概要
海に呑まれる不毛の土地を買わされた母子の絶望と闘いを描いた小説である。
デュラスは、愛人 ラマンで世界的に知られる。この『太平洋の防波堤』は、その愛人 ラマンと同じく、彼女の少女時代の仏領インドシナでの体験に根ざした、自伝的な作品にあたる。
舞台はフランス植民地時代のインドシナ(今のベトナム・カンボジア)である。主人公の母は夫を亡くし、女手一つで、二人の子を育てている。 長年の貯えをはたいて買った土地は、しかし植民地の役人の汚職によって、太平洋の海水が、毎年、押し寄せて呑み込む、耕作不能の不毛の地だった。
母はその土地を、あきらめない。村人を動員して、海水を防ぐための「防波堤」を築こうとする。だがその必死の努力は翌年の高潮で、あっけなく崩れ去る。自然と、植民地の不正の前に、母の闘いは、無残に打ち砕かれる。
物語はこの母のもとで育つ、十代の娘シュザンヌと、その兄ジョゼフの視点からも語られる。貧しさと閉塞のなかで、娘は、金持ちの男に見初められ、そこに、この境遇から脱け出す道を見る。
植民地の不正、貧困、そしてそこからの脱出への渇望が、灼けつくような筆致で描かれる。
文学史における評価と影響
デュラスの初期の代表作であり、その自伝的な世界の原型を示す作品とされる。
この小説の背景にはデュラス自身の少女時代の記憶がある。デュラスは実際に仏領インドシナで育った。母が汚職のために不毛の土地を買わされ、その借金と貧困のなかで、一家が苦しんだこと。 それが、この作品の生々しい題材になっている。同じ体験は後年の愛人 ラマンでも、繰り返し描かれる。
主題は植民地の不正と、貧困からの脱出への渇望である。母は植民地の役人の腐敗によって、破滅させられる。その不正への怒りと、貧困から抜け出したいという、娘の切実な願いが、作品を貫いている。 社会への告発と、個人の欲望とが、分かちがたく結びついている。
「防波堤」というイメージがこの作品を象徴する。海水を防ごうとして築かれ、あっけなく崩れ去る防波堤。それは抗いがたい運命や、植民地の巨大な不正に、素手で立ち向かう人間の無力さと悲壮さの寓意になっている。
まだ、後年のデュラスの断片的で詩的な文体には至らず、比較的、伝統的な物語の形をとっている。だが植民地、貧困、母、そして欲望という、デュラス文学の核心をなす主題は、すでにここに、はっきりと現れている。
あらすじ
フランス植民地時代のインドシナ。太平洋に面した、貧しい土地に、一組の母子が、暮らしている。
母は若くしてこの植民地に渡り、夫を亡くした後、女手一つで、二人の子——兄のジョゼフと、妹のシュザンヌを、育ててきた。長年、爪に火をともすようにして貯めた金で、母は、ようやく、農地を手に入れた。
だがその土地はとんでもない代物だった。植民地の役人の汚職のせいで、母が買わされたのは、毎年、太平洋の高潮が、海水となって押し寄せ、作物をすべて呑み込んでしまう、耕作不能の不毛の地だった。 まともな土地を得るには、役人に賄賂を贈らねばならない。金のない母にはそれができなかった。
母はそれでもあきらめない。海水の侵入を防ぐため、彼女は、近隣の農民たちを動員して、巨大な「防波堤」を、築こうとする。 一家のそして農民たちのなけなしの希望を、その堤防に賭ける。
だがその必死の努力は報われない。翌年、押し寄せた高潮の前に、築いたばかりの防波堤は、あっけなく、崩れ去る。 自然の猛威と、植民地の不正の前に、母の闘いは、無残に、打ち砕かれる。母はこの破滅によって、心身をすり減らしていく。
一方思春期を迎えた娘シュザンヌには、別の思いがある。貧しさと、出口のない閉塞から、脱け出したい。
ある日、シュザンヌは、その地を通りかかった、金持ちの中国人の青年に、見初められる。彼はシュザンヌに、贈り物をし、結婚を望む。シュザンヌにとって、そして借金に苦しむ一家にとって、この裕福な男は、貧困から抜け出す、またとない好機に見える。
だがその関係は単純ではない。愛のない、金のための結婚へのためらい。娘を売るようにして、金を得ようとすることへの家族の複雑な思い。貧困が人間の心を、ゆがめていく。
母の破滅、兄の鬱屈、そして娘の脱出への渇望。植民地の不正がもたらした貧困のなかで、もがき続ける母子の姿を、灼けつくような筆致で描いて、この物語は閉じられる。