転落
- 原題
- La Chute
- 作者
- アルベール・カミュ
- 成立
- 1956
- 国
- フランス
- 時代
- 20世紀以降
概要
1956年5月に刊行された中篇小説である。カミュが生前に完成させた最後の小説にあたる。
全篇が一人の男の話し言葉で成り立っている。舞台はアムステルダムの船員向けの酒場「メキシコ・シティ」。語り手ジャン=バティスト・クラマンスが、居合わせたフランス人に話しかけ、以後五日間にわたって話し続ける。
相手の言葉は一行も書かれない。相手が何を言ったかは、クラマンスの応答から推測するしかない。
クラマンスはかつてパリの弁護士だった。未亡人と孤児の弁護を専門とし、街では盲人の手を引き、周囲から尊敬されていた。ある夜の出来事をきっかけに、その自己像が崩れる。
いまクラマンスは自分を「悔悛判事」と名乗っている。自分の罪を先に洗いざらい告白し、そのうえで相手を裁く、という方法を説明していく。
刊行の時期、カミュは孤立していた。1952年、反抗的人間をめぐる論争でサルトルと決裂している。1954年に始まったアルジェリア戦争では、フランス領アルジェリア出身のカミュは、独立派の側にも入植者の側にも立てずにいた。1956年1月にはアルジェで市民休戦を呼びかける講演を行ったが、会場は騒然となり、成果はなかった。
この作品には、進歩的な言説を掲げながら実際には何もしない知識人への皮肉が読み取られてきた。とくにサルトルとその周辺への当てこすりとする読み方が当時からある。
刊行の翌1957年、カミュはノーベル文学賞を受けた。四十四歳で、当時の最年少に近い受賞にあたる。その三年後の1960年1月、自動車事故で死去した。
なお、橋から身を投げる女という着想には、19世紀末にセーヌ川から引き上げられた身元不明の若い女の死体をもとにしたデスマスクが、当時のヨーロッパで広く流通していたという背景がある。
文学史における評価と影響
形式が最も論じられる。相手の言葉が書かれないことで、読者は次第に自分がその聞き手の位置に置かれていることに気づく。クラマンスの「あなた」は、作中の人物であると同時に読者にも向く。
主題は偽善である。クラマンスは自分が善人だと確信していた。だがその徳は、他人の視線の中で演じられたものだった。誰も見ていない夜、溺れる女を見捨てた。誰も見ていないときも同じように振る舞えるか、という問いが、あらゆる読者に向けられる。
悔悛判事という仕掛けも独自である。自己批判を、他人を支配する手段に変える。低い位置に自ら降りることで、相手を裁く資格を得る。この屈折した心理の分析は、20世紀の知識人のあり方への批判として読まれてきた。
異邦人との対比もよく指摘される。異邦人のムルソーは嘘をつかず、そのために社会から裁かれる。この作品のクラマンスは嘘に満ちており、自分から裁く側に回る。カミュの初期の透明さから後期の屈折へ、という変化として説明される。
カミュ自身、この作品の主人公を自分の分身とも、当時の知識人の戯画とも述べており、どちらか一方に定めていない。
あらすじ
一日目。酒場でクラマンスが、居合わせたフランス人に話しかける。この店の主人はオランダ語しか話さない、通訳しましょう、と申し出る。自分は元弁護士で、いまは悔悛判事だと名乗る。
二日目。パリでの生活を語る。未亡人と孤児の弁護を無報酬で引き受け、街では盲人を助け、老人に席を譲った。自分は自分に満足していた。誰からも好かれていた。
三日目。その自己像に罅が入った出来事を語る。
一つは、交通のいざこざである。信号で止まったまま動かないバイクの男に声をかけたところ、口論になり、間に入った男に殴られた。クラマンスは何も言い返せずに立ち去った。以後、その場面が繰り返し頭に戻る。復讐の場面を何度も想像する。
もう一つが、決定的な出来事にあたる。ある十一月の夜、クラマンスはセーヌ川のポン・ロワイヤルを渡っていた。橋の欄干に、黒い服の若い女がもたれているのを見た。通り過ぎて五十メートルほど行ったところで、背後で水に落ちる音がした。続いて叫び声が、川を下りながら何度か聞こえ、やがて止んだ。
クラマンスは立ち止まった。だが振り返らなかった。走りもしなかった。動けなかった、と本人は言う。そのまま歩き続け、誰にも言わなかった。
新聞にも載らなかった。誰も知らない。
四日目。数年後、無人の橋の上で、背後から笑い声を聞いた。振り返ると誰もいない。この笑いは以後、繰り返し戻ってくる。
クラマンスは自分の善行を検分し直す。盲人を助けたとき、自分は帽子を取って挨拶していた。相手には見えないのに。誰に向けた挨拶だったのか。
自己像が崩れた後、クラマンスは放蕩に走る。酒と女に沈む。それでも笑いは消えない。
五日目。クラマンスは自分の方法を明かす。
まず、自分の罪をすべて話す。徹底して自分を貶める。すると聞き手は安心して耳を傾ける。だが話が進むにつれて、聞き手は気づく。この男の言っている偽善は、自分にも当てはまる。
そこでクラマンスは向きを変える。私は自分を裁いた。だから、あなたを裁く権利がある。
こうして、いったん低い位置に降りたうえで、もう一度相手の上に立つ。
最後の場面。クラマンスは熱を出して寝ている。聞き手が弁護士だと分かる。クラマンスは言う。もう一度、あの夜の橋の上に立てたら。だがその機会は二度と来ない。
そして最後の一言を口にする。おお、娘よ、もう一度身を投げてくれ。二人とも救われるように。ただし、それが本気で言われているかどうかは示されない。