ラファイエット夫人
- 原綴
- Madame de La Fayette
- 生没
- 1634–1693
- 出身
- パリ
- 本名
- マリー=マドレーヌ・ピオシュ・ド・ラ・ヴェルニュ
- 国
- フランス
- 時代
- 17世紀
生涯
1634年、パリの貴族の家に生まれた。本名はマリー=マドレーヌ・ピオシュ・ド・ラ・ヴェルニュ。教養ある女性として育ち、ラ・ファイエット伯爵と結婚してのちも、パリで文芸を愛するサロンを主宰した。
そのサロンには、モラリストのラ・ロシュフコーをはじめ、当代の文人が集まった。とりわけラ・ロシュフコーとは深い親交を結び、その鋭い人間観察は、ラファイエット夫人の小説にも影響を与えたとみられる。
宮廷にも近く、イングランドから嫁いだ王弟妃アンリエット(アンリエット・ダングルテール)に親しく仕え、その生涯の記録を残してもいる。当時の書簡文学を代表する女性、セヴィニェ夫人とも生涯の友だった。
当時、貴族の女性が小説の作者を名乗ることは、はしたないとされた。そのため作品はいずれも匿名か、他人の名で発表された。代表作クレーヴの奥方も匿名で世に出た。1693年に没した。
作風
ラファイエット夫人の小説は、登場人物の心理を精密に描くことに特徴がある。それまでの物語が、波乱に満ちた事件の連続を語ったのに対し、夫人は、人物の心の内側で起こる、微妙な感情の動きを追った。愛と、それを抑えようとする理性との葛藤が、内面のドラマとして描かれる。
背景には、宮廷社会の観察がある。華やかな宮廷の裏にある、うわさや駆け引き、体面をめぐる緊張を、冷静な目でとらえた。恋愛を、うっとりと美化するのではなく、それがもたらす苦しみや危うさとともに、醒めた筆で描く。
抑制のきいた文体も特徴である。感情を誇張せず、簡潔で明晰な文章で、かえって深い心理を浮かび上がらせる。この古典主義的な節度が、作品に静かな緊張を与えている。
作品
クレーヴの奥方(1678年)
十六世紀、アンリ二世の宮廷を舞台にした小説である。クレーヴ公と結婚した貞淑な女性が、別の貴公子ヌムール公に激しく心を惹かれる。その禁じられた恋の苦しみと、義務のあいだで揺れる内面を、精密に描いた。物語の山場は、妻が誘惑に抗しきれぬ自分を恐れ、夫に対して「別の人を愛してしまった」と告白する場面である。夫に不貞を打ち明けるという前例のない設定が、当時大きな議論を呼んだ。派手な筋よりも、心理の動きそのものを物語の中心に据えた点で、フランス近代小説の先駆とされる。
初期の作品『モンパンシエ公爵夫人』も、宮廷を舞台に、情念のもたらす悲劇を簡潔に描いた中篇である。
文学史における立ち位置と影響
ラファイエット夫人は、フランス近代小説の先駆者として文学史に名を残す。とりわけクレーヴの奥方は、事件の連続ではなく、人物の内面の心理を物語の中心に据えた点で、それまでの物語と一線を画した。心理小説の出発点とされる作品である。
刊行の際には、ヒロインの告白が現実にありうるかをめぐって、雑誌『メルキュール・ガラン』が読者に賛否を問い、投書による論争が起きた。作品の一場面について読者が公然と是非を論じ合うこの出来事は、近代的な文芸批評のごく早い例とされる。作品が引き起こした反響の大きさを物語っている。
登場人物の感情を分析的に描くその手法は、後のフランス小説に受け継がれた。愛の心理を精密にたどる系譜は、この作品を一つの源として、十八世紀以降のフランス小説へと展開していく。二十世紀の作家ラディゲは、この小説を手本に『ドルジェル伯の舞踏会』を書いたと述べている。
女性が作者であることを隠さねばならなかった時代に、これほど完成度の高い小説を残したこと自体も、文学史のうえで重い意味をもつ。フランス小説の礎を築いた作家として、その地位は確立している。