ラ・ロシュフコー
- 原綴
- François de La Rochefoucauld
- 生没
- 1613–1680
- 出身
- パリ
- 国
- フランス
- 時代
- 17世紀
生涯
1613年、パリの名門貴族の家に生まれた。公爵家の当主として、若いころは政治と戦乱の世界に身を置いた。
十七世紀なかば、貴族が国王の権力に反抗した内乱(フロンドの乱)に、指導者の一人として加わった。だが反乱は失敗し、戦いで重い傷を負った。この政治的な挫折が、ラ・ロシュフコーの人間を見る目を深くした。理想や大義の裏にある、人間の打算やうぬぼれを、身をもって知ったのである。
政界から退いたのちは、パリのサロン(貴婦人を中心とする社交と談論の場)に出入りし、洗練された会話のなかで人間観察を磨いた。とりわけサブレ侯爵夫人のサロンでは、人間の本性についての警句を互いに作って披露し合うことが、知的な遊びとして流行していた。『箴言』は、こうした場での言葉のやりとりから生まれ、その後も版を重ねるごとに磨き直された。フロンドの乱の経緯を記した『回想録』も残している。1680年に没した。
作風
ラ・ロシュフコーの文章は、きわめて簡潔である。一つの警句は、多くが一、二文で完結する。無駄をそぎ落とした短い言葉のなかに、人間についての鋭い洞察を凝縮する。この圧縮された表現が、箴言という形式の切れ味を生んでいる。
その洞察の核心は、人間の行動の裏にひそむ「自己愛(アムール=プロプル)」を見抜くことにある。一見、美徳や善意に見える行いも、その底をたどれば、自分をよく見せたい、自分を愛したいという動機に行き着く。ラ・ロシュフコーは、そう冷徹に見抜く。「われわれの美徳は、多くの場合、巧みに姿を変えた悪徳にすぎない」という言葉が、その立場をよく示している。
人間への視線は、幻想を許さない。英雄的な行為も、寛大さも、友情さえも、自己愛という一点から説明される。この醒めた人間観は、人を突き放すようでいて、人間の実相を鋭くとらえている。
作品
『箴言(Maximes)』(1665年)
人間の心理と行動についての、短い警句を集めた作品である。正式には『省察あるいは道徳的な箴言』と題する。美徳の裏にひそむ自己愛を、簡潔で鋭い一文一文によって暴き出した。人間を美化せず、その打算やうぬぼれを冷徹に見つめるこの箴言集は、フランスのモラリスト文学(人間の性質を観察し省察する文学)を代表する古典となった。
文学史における立ち位置と影響
ラ・ロシュフコーは、フランスのモラリスト文学を代表する作家として文学史に名を残す。モラリストとは、体系的な哲学ではなく、人間の性質や行動を鋭く観察し、簡潔な言葉で省察する書き手を指す。ラ・ロシュフコーは、その先駆であり頂点の一人である。
人間の行動を自己愛から説明するその冷徹な人間観は、後世に大きな影響を与えた。うわべの道徳の裏をのぞこうとする視線は、パスカルや、後のモラリストたち、さらには近代の心理分析にまで通じている。人間の善意の底に隠れた動機を疑うその見方は、原罪によって堕落した人間を説くキリスト教の厳格な一派の人間観とも響き合っており、当時の宗教的な思潮と無縁ではなかった。
短く鋭い警句という形式そのものも、後世に受け継がれた。人間についての真実を、一文に凝縮するその技は、フランス文学における箴言の手本となった。人間の弱さを見つめる古典として、今日も読み継がれている。