ジャン・ジュネ
- 原綴
- Jean Genet
- 生没
- 1910–1986
- 出身
- パリ
- 国
- フランス
- 時代
- 20世紀以降
生涯
1910年、パリに生まれた。生後まもなく母に捨てられ、里子に出された。少年期から盗みを働き、メトレーの感化院(非行少年の矯正施設)に送られた。この矯正施設での日々は、のちの作品に繰り返し立ち返る原体験になった。長じてからはヨーロッパ各地を放浪し、盗み、物乞い、投獄を繰り返した。社会の最底辺を、犯罪者として生きた。
牢獄のなかで、詩や小説を書き始めた。その才能は、サルトルや、詩人・劇作家のジャン・コクトーら当代の作家に見出された。累犯によって終身刑の危機に瀕したとき、作家たちが助命を嘆願し、恩赦を勝ち取った。この救済を機に、犯罪者から作家へと転じた。
作家として認められてからは、小説から戯曲へと軸足を移した。後半生は、政治的な活動にも深く関わった。アメリカの黒人解放運動ブラックパンサーや、パレスチナの人々のもとに身を投じ、抑圧された者の側に立って発言した。最後の著作は、そのパレスチナでの体験に基づいている。1986年に没した。
作風
ジュネの作品は、悪を、聖なるものへと転倒させる。泥棒、裏切り、殺人、そして牢獄。世間が忌み嫌うものを、ジュネは嫌悪するのではなく、むしろ荘厳な美として描く。犯罪者や裏切り者を、聖人のようにたたえる、この価値の逆転が、ジュネの美学の核心である。
その文体は、犯罪や貧困を描きながら、きわめて華麗で、装飾的である。醜悪な題材と、宝石のように磨き上げられた文章との落差が、独特の緊張を生む。最底辺の現実を、聖なる祭儀のように語る文章が、ジュネの散文の特徴である。
演劇では、「演じること」そのものを主題にした。登場人物は、しばしば別の何者かを演じ、役割を入れ替える。現実と虚構、支配する者と支配される者の関係が、演技のなかで揺らぎ、逆転する。この演劇性の探究が、後半生の中心になった。
作品
『泥棒日記(Journal du voleur)』(1949年)
みずからの、盗みと放浪の日々を回想した自伝的な作品である。犯罪と裏切りを、恥ずべきものとしてではなく、一種の聖性として描いた。ジュネの美学を最もよく示す代表作にあたる。
『花のノートルダム(Notre-Dame-des-Fleurs)』(1943年)
牢獄のなかで書かれた小説で、パリの底辺に生きる人々の世界を、華麗な文体で描いた。
戯曲では、二人の女中が主人を演じる遊戯を描いた『女中たち(Les Bonnes)』や、『バルコン』『黒人たち』が、戦後演劇の重要な作品とされる。アルジェリア戦争を背景にした『屏風(Les Paravents)』は、その上演が政治的な騒動を呼んだ。
文学史における立ち位置と影響
ジュネは、悪と犯罪を聖なるものへと転倒させる独自の美学によって、文学史に特異な位置を占める。社会が排除するものの側に立ち、その価値をまるごと逆転させるその姿勢は、既成の道徳への根源的な挑戦だった。
その存在は、同時代の思想家をも刺激した。サルトルは、ジュネの生涯と作品を論じた大著『聖ジュネ』を著し、社会から犯罪者と規定された者が、いかに自らの存在を引き受けるかを分析した。
演劇の分野では、現実と虚構、支配と服従の関係を演技のなかで揺るがすその手法が、戦後の前衛演劇に影響を与えた。不条理演劇とも呼応しながら、二十世紀の演劇に新しい可能性を開いた劇作家とされている。