ギヨーム・アポリネール

原綴
Guillaume Apollinaire
生没
1880–1918
出身
イタリア・ローマ
本名
ヴィルヘルム・アルベルト・ヴウォジミェシュ・アポリナリ・コストロヴィツキ
フランス
時代
20世紀以降

生涯

1880年、ローマに生まれた。母はポーランド貴族の出身で、父は認知していない。私生児として各地を転々とし、20歳の頃にパリへ出た。

パリでは前衛芸術の中心にいた。ピカソやブラックと親しく交わり、彼らが始めた新しい絵画をいち早く擁護して「キュビスム」の理論を書いた。1911年、ルーヴル美術館から「モナ・リザ」が盗まれた事件で嫌疑をかけられ、短期間拘留されている(無実だった)。

第一次世界大戦に志願して従軍し、1916年に頭部へ砲弾の破片を受けて重傷を負った。手術を経て創作に戻るが、体は弱っていた。1918年11月、流行していたスペイン風邪により38歳で死去する。休戦の二日前だった。

作風

アポリネールの詩は、伝統的な形式と大胆な実験が同居している点に特徴がある。定型の韻律を用いながら、句読点をすべて廃した。息継ぎの位置は読者に委ねられ、語と語のつながりが揺れる。

主題は、失われた恋、過ぎ去る時間、そして都市と機械の新しさである。飛行機、エッフェル塔、電話といった同時代のものを、悲しみの調べと同じ詩の中に置いた。

さらに進んだのが、文字を絵の形に配置する試みである。雨の詩は文字が縦に流れ落ち、噴水の詩は水が噴き上がる形に組まれる。詩を、読むものであると同時に見るものにした。

作品

詩集アルコール(1913年)が代表作である。刊行直前に、著者が校正刷りからすべての句読点を削除したことで知られる。冒頭の「ミラボー橋」は、橋の下を流れるセーヌと去っていく恋を重ね、「日は暮れよ鐘は鳴れ/月日は流れわたしは残る」と繰り返す。

カリグラム(1918年)では、文字を図像に組む「カリグラム」を本格的に展開した。戦場から書かれた詩も多く収める。

戯曲『ティレジアスの乳房』(1917年初演)の序文で、アポリネールは自作を説明するために「シュルレアリスト」という語を用いた。この語をのちにブルトンが受け継ぎ、運動の名になる。

文学史における立ち位置と影響

アポリネールは、19世紀の詩と20世紀の詩をつなぐ位置にいる。ボードレール以来の抒情を受け継ぎながら、句読点の廃止と視覚的な配置によって、詩の形そのものを揺さぶった。

「シュルレアリスム」という語を作ったことで、シュルレアリスムの直接の先駆と位置づけられる。ブルトンらは彼を先達として仰いだ。同時に、絵画のキュビスムを理論的に支えた批評家でもあり、詩と美術の両方で20世紀の前衛を準備した

38歳での死は、詩人としての仕事が最も充実しかけた時期にあたる。残された作品の量は多くないが、以後のフランス詩はほぼ例外なくこの詩人を経由している。

作品

登場する文学史