嵐が丘

原題
Wuthering Heights
作者
エミリー・ブロンテ
成立
1847
イギリス
時代
ヴィクトリア朝

概要

1847年12月、エリス・ベルという男性名で刊行された長篇小説である。エミリー・ブロンテが書いた唯一の長篇にあたる。姉シャーロットジェイン・エアの二か月後に、同じ年の出版として世に出た。

ヨークシャーの荒野に建つ二つの屋敷を舞台に、拾われた孤児ヒースクリフが、育った家の娘キャサリンに拒まれ、二世代にわたって復讐を遂げる過程を描く。

語りは二重の枠に入っている。外側は、よそから来た借家人ロックウッドの日記である。その内側で、両家に仕えた家政婦ネリー・ディーンが過去を語る。読者は伝聞の伝聞として事件を知ることになる。激烈な出来事が常識的な語り手の口を通して語られるため、距離が生まれる。ネリーは公平な語り手ではない。自分の関与を小さく語っている節があり、どこまで信用するかが読みどころになっている。

時系列も入り組んでいる。物語は1801年から始まり、そこから三十年前へ遡る。二世代の家系は反復と対称をなし、名前も繰り返される。感情の作品でありながら、構成は緻密に設計されている。

執筆の経緯は分かっていない。原稿も草稿も残っておらず、いつ書き始めたかも確定していない。

背景として知られているのは、姉弟四人が幼少期から続けていた空想世界の物語作りである。エミリーは妹アンとともに「ゴンダル」という架空の王国の年代記を書き続けた。その散文は失われ、詩の一部だけが残っている。荒野、復讐、監禁、激しい愛憎といったゴンダルの主題は、この長篇と重なる。

1845年、シャーロットが偶然エミリーの詩を見つけたことから、三姉妹は共同で詩集を出した。カラー・ベル、エリス・ベル、アクトン・ベルという男性名を使っている。女性名では正当に評価されないという判断があった。詩集は二部しか売れなかったが、三人はそれぞれ小説の執筆に移る。

1847年、『嵐が丘』はアンの『アグネス・グレイ』と合わせて三巻本として刊行された。出版社の扱いは悪く、校正も杜撰だったと伝えられる。

刊行の翌年、エミリーは死去した。弟ブランウェルの葬儀で体調を崩し、結核が進んだ。医者にかかることを最後まで拒んだと伝えられる。30歳だった。

1850年の第二版に、シャーロットが序文を書いている。この序文は注意して読む必要がある。妹の人となりを説明し、作品の粗さを世間を知らない田舎育ちだったためと弁護する内容を含むためである。エミリー像はここで一つの形に固定された面がある。作者について確実に分かることは少なく、極度に人付き合いを嫌い、荒野を歩くことを好んだという程度である。

文学史における評価と影響

同時代の批評は困惑した。粗野である、不道徳である、不快であるという評が並んだ。姉のジェイン・エアのほうがはるかに売れ、評価も高かった。

ヴィクトリア朝の小説の枠に収まらない点が、その困惑の理由にあたる。ディケンズの小説には善人と悪人がいて、最後に道徳的な決着がつく。ジェイン・エアでは主人公が自尊心を保ったまま幸福に至る。この作品にはそれがない。愛が救済にならず、むしろ破壊の原動力になる。ヒースクリフは最後まで悔い改めない。そして語り手が道徳的な判断を下さない。

「私はヒースクリフなのだ」というキャサリンの台詞は、恋愛というより自我の融合を語っている。恋愛小説の枠組みでは処理しきれない部分がここにある。

評価が確立したのは20世紀に入ってからである。構造の緻密さと心理の深さが再発見され、今日では英文学の最重要作品の一つとされる。

系譜としてはロマン主義に置かれる。バイロン的な反逆者の造形、荒野という舞台、社会の外にある情念。18世紀末以来のゴシック小説の要素も強い。

ヒースクリフの造形は、その後の人物像に影響を与えた。孤児であり、出自が不明で、社会の外から来て、報われない愛によって破壊者になる。この型は英語圏の小説と映画に繰り返し現れる。

翻案も多い。映画は繰り返し作られ、オペラ、バレエ、ポピュラー音楽の題材にもなっている。日本では吉田喜重が1988年に中世日本へ翻案した映画を撮った。

あらすじ

1801年、ロックウッドという男が、スラッシュクロス・グレンジという屋敷を借りる。地主のヒースクリフに挨拶に行き、その屋敷「嵐が丘」で不可解な一夜を過ごす。窓の外で「入れて」と訴える子どもの手に触れる夢を見て、ヒースクリフが窓辺で誰かの名を呼ぶのを目撃する。ロックウッドは家政婦ネリー・ディーンに、この家の来歴を尋ねる。

三十年ほど前、嵐が丘の主人アーンショウが、リヴァプールで拾った浮浪児を連れ帰った。ヒースクリフと名づけられたその少年は、家の子として育てられる。娘のキャサリンとこの少年は荒野を駆け回って育ち、互いを分身のように感じるようになる。だが兄のヒンドリーはヒースクリフを憎み、父の死後、使用人の身分に落とす。

キャサリンは、近隣の裕福な家の青年エドガー・リントンとの結婚を選ぶ。ヒースクリフと結婚したら身を落とすことになる、とキャサリンはネリーに語る。同時に、自分とヒースクリフは同じものでできているとも言う。その前半だけをヒースクリフが立ち聞きし、姿を消す。

数年後、ヒースクリフは財産を持って戻ってくる。そこから復讐が始まる。ヒンドリーを賭博で破産させて嵐が丘を手に入れ、エドガーの妹イザベラと結婚して虐待する。キャサリンは錯乱し、娘キャシーを産んで死ぬ。

復讐は次の世代に及ぶ。ヒースクリフは、ヒンドリーの息子ヘアトンを無学のまま下男として育て、自分とイザベラの間に生まれた病弱な息子リントンを使って、キャシーを強引に結婚させる。リントンはまもなく死に、二つの屋敷の財産はすべてヒースクリフのものになる。

目的を達したところで、ヒースクリフは生きる理由を失う。キャシーとヘアトンが互いに惹かれ合い、ヘアトンが文字を習い始めるのを見ても、もはや妨げようとしない。どこを見てもキャサリンの姿が見えると言い、食を断ち、数日後に死ぬ。

ヒースクリフはキャサリンの隣に埋葬される。ロックウッドは三つの墓を眺め、この地の下で眠る者たちが安らかでないとは思えない、と考える。だが土地の者は、荒野で二人の姿を見たと語っている。

作者

登場する文学史