ジェイン・エア
- 原題
- Jane Eyre
- 作者
- シャーロット・ブロンテ
- 成立
- 1847
- 国
- イギリス
- 時代
- ヴィクトリア朝
概要
1847年10月、カラー・ベルという男性名で刊行された長篇小説である。原題には「自伝」という副題が付いており、主人公が自分の半生を回想して語る体裁をとっている。刊行と同時に売れ、その年のうちに版を重ねた。
主人公は孤児で、財産も美貌もなく、体つきも小柄な女性として設定されている。当時の小説のヒロインとしては異例で、シャーロット・ブロンテは姉妹に、美しくないヒロインでも読者の関心をつなげると語って書き始めたと伝えられる。語りは終始「私」で通され、ときおり「読者よ」と直接呼びかける。
構成は、ジェインが暮らした五つの場所で区切られている。伯母の家ゲイツヘッド、寄宿学校ローウッド、家庭教師先ソーンフィールド、逃げ込んだ先のムア・ハウス、最後のファーンディーン。それぞれの土地で、ジェインの立場と、そこで何を拒むかが変わっていく。
刊行までに一度の失敗がある。ブロンテは前年に『教授(The Professor)』という小説を書き上げていたが、どの出版社にも断られた。最後に原稿を送ったスミス・エルダー社は、断りの手紙に「三巻本の長篇なら検討する」と書き添えた。その返事を受けて書かれたのがこの作品である。
執筆中、父パトリックは白内障の手術のためマンチェスターに滞在しており、ブロンテが付き添っていた。暗い部屋で回復を待つ父の傍らで書き始めたと伝えられる。1847年8月に原稿を送り、10月に刊行された。同じ年の12月には妹たちの嵐が丘と『アグネス・グレイ』が出ている。
女性名を避けたのは、女性の書いた小説が別の基準で読まれることを姉妹が警戒したためである。実際、この作品が評判になると、著者の性別をめぐる詮索が起きた。第二版はサッカレーに献じられたが、当時サッカレーの妻が精神を病んで療養所にいたため、著者はサッカレー家の家庭教師で、屋敷の狂った妻を書いたのだという噂が広まった。ブロンテはその事情を知らずに献辞を書いていた。
ローウッドの描写には、ブロンテ自身が通ったコーワン・ブリッジの牧師の娘のための学校が反映されている。姉のマリアとエリザベスはこの学校で健康を損ない、1825年に相次いで死去した。刊行後、この学校の関係者からは事実に反するという抗議が出た。
文学史における評価と影響
同時代の評価は割れた。売れ行きは良かったが、主人公が自分の欲求と怒りをそのまま口にすること、身分の上の男に対等の口をきくことに、反発も出た。批評家エリザベス・リグビーは、既存の秩序に対する反抗の書であり、家庭を守る精神に背くものだと書いている。
型としては複数の系統が混ざっている。屋敷、監禁された狂女、火事、超自然的な呼び声はゴシック小説の要素である。子ども時代から順に一人の人間の成長を追う筋立ては、教養小説(主人公が経験を通して形を得ていく型の小説)にあたる。そこに恋愛小説が重なる。混成でありながら一人称の声で貫かれているために、全体が一つの語りとして読める。
女性が「私」として自分の欲求を語る小説として、後の書き手に長く参照されてきた。ジェインが拒むものは二度ある。愛はあるが法的に成り立たない関係と、法的には正当だが愛のない結婚である。どちらも自分の側から断る。この構図が、19世紀の女性の選択肢の狭さを裏返しに示している。
20世紀後半には、批評の焦点が屋根裏のバーサに移った。1979年の批評書『屋根裏の狂女(The Madwoman in the Attic)』は、バーサをジェインの抑圧された怒りの分身として読み、19世紀の女性作家論の枠組みを作った。さらにジーン・リースの小説『サルガッソーの広い海(Wide Sargasso Sea)』は、カリブ海生まれのバーサの側から前史を書き直した。イギリスの家庭小説の幸福な結末が、植民地の富と、そこから連れてこられた女の監禁の上に成り立っていることを問う読み方が、ここから広がった。
妹エミリーの嵐が丘としばしば並べて論じられる。同じ年に同じ土地から出た二作でありながら、一方は主人公が自尊心を保ったまま幸福に至り、もう一方では愛が破壊にしか向かわない。刊行当時はこちらのほうが高く評価され、逆転したのは20世紀に入ってからである。
あらすじ
十歳のジェイン・エアは、両親を失ってゲイツヘッド館の伯母リード夫人に引き取られているが、家族として扱われていない。いとこのジョンに殴られ、抵抗したことを咎められて、伯父が死んだ「赤い部屋」に閉じ込められる。恐怖のあまり気を失い、その後、慈善学校ローウッドへ送られる。
ローウッドの校長ブロックルハーストは、質素と忍耐を説きながら自分の家族には贅沢をさせている。生徒は飢えと寒さの中に置かれ、伝染病が流行して多くが死ぬ。ジェインが敬愛した年長の生徒ヘレン・バーンズも、結核で死ぬ。学校はその後改善され、ジェインは六年学び、二年教えたのち職を求める。
十八歳でソーンフィールド館の家庭教師になる。生徒はフランス人の少女アデール。屋敷の主人ロチェスターは滅多に戻らないが、帰ってきてからジェインと言葉を交わすようになる。一方で屋敷では説明のつかないことが続く。夜中に響く笑い声、ロチェスターの寝室での放火、来客が刺される事件。使用人グレース・プールの仕業ということにされる。ロチェスターは社交界の令嬢と結婚するそぶりを見せたのち、ジェインに求婚する。
結婚式の当日、教会に法律家が現れ、ロチェスターには存命の妻がいると告げる。屋敷の三階に閉じ込められていたバーサ・メイソンで、西インド諸島の富豪の娘だった。結婚後に精神を病み、以来監禁されている。ロチェスターは事情を説明して南フランスで暮らそうと言うが、ジェインは愛人になることを拒み、夜明け前に屋敷を出る。
所持金を使い果たし、荒野をさまよって行き倒れたところを、牧師セント・ジョン・リヴァーズと二人の姉妹に助けられる。村の学校の教師として働くうち、ジェインは会ったこともない叔父の遺産二万ポンドを相続し、同時にリヴァーズ家が自分の従兄妹だと分かる。遺産は四人で等分する。セント・ジョンはインドでの伝道に同行することを求めるが、それは愛情からではなく、宣教に適した道具としてである。ジェインが拒みきれずにいた夜、遠くからロチェスターが自分の名を呼ぶ声を聞く。
ソーンフィールドへ戻ると、屋敷は焼け落ちていた。バーサが火を放ち、屋根から身を投げて死に、救い出そうとしたロチェスターは視力と片手を失っていた。ジェインは近くのファーンディーンにロチェスターを訪ね、結婚する。「読者よ、私はこの人と結婚した」と語り手は書く。二年後、片方の目に視力が戻り、生まれた息子の顔を見ることができた。