トリストラム・シャンディ

原題
The Life and Opinions of Tristram Shandy, Gentleman
作者
ロレンス・スターン
成立
1759-1767
イギリス
時代
17-18世紀

概要

話が進まないことを主題にした小説である。

語り手トリストラムは自分の生涯と意見を書こうとする。ところが、あることを語るにはその背景の説明が要り、その説明のためにまた別の話が要る。こうして脱線が脱線を呼び、第三巻まで来てもトリストラムはまだ生まれていない。 全九巻の最終巻は、彼が生まれる数年前の出来事で終わる。

破られるのは進行だけではない。時系列は前後し、話は途中で切れ、献辞や序文があるべき場所に置かれない。真っ黒に塗りつぶされたページ、真っ白なページ、うねる線を一本描いただけのページが本文に挟まる。語り手は自分がいま小説を書いていることを絶えず口にし、進行の遅さを嘆き、読者に話しかける。

紙の上で起こることのすべてが遊びの対象になっている。1760年代の本である。

スターンはアイルランドに生まれ、イングランドの田舎で牧師を務めていた。書き始めたのは四十代半ばで、それまで無名だった。1759年に第一巻と第二巻が出るとたちまち評判になり、一躍時の人になる。以後、需要に応えて続きが次々に書かれた。

未完で終わったのは、作者が死んだからである。スターンは結核を病んでおり、第九巻を出した翌1768年に死去した。

背景には哲学者ジョン・ロックの観念連合の説がある。人間の思考は、ある観念からそれと結びついた別の観念へ、連想で移っていく。この際限のない脱線は、心の実際の動きを文章で再現したものだとも読める。

文学史における評価と影響

小説形式の最も早く、最も過激な実験として際立った位置を占める。刊行当時からその奇抜さで注目されたが、意義が十分に理解されたのは20世紀に入ってからだった。

破壊されたのは、物語が始まりから終わりへ進むという約束事である。この作品は進行を脱線で絶えず妨げ、進まないことそのものを内容にした。二百年後の実験小説がやることを、近代小説が始まったばかりの時期にすでにやっている。

自己言及も大きな特徴にあたる。小説が自分自身について語り、書かれつつある過程を見せる。後のいわゆるポストモダン文学の先駆とされる。

20世紀に入って、この作品は再発見された。ロシアの形式主義者たちは、小説の技法をむき出しにして見せた作品として高く評価した。物語を進める仕掛けを、隠さずに全部見せてしまう本だからである。近代小説のあらゆる可能性と限界がここにすでに含まれている、とさえ言われる。ジョイスや後の実験的な作家たちの遠い祖先にあたる。

あらすじ

この作品には通常の意味での筋がない。脱線によって絶えず中断されるためである。以下は断片的に語られる出来事のいくつかにあたる。

語り手トリストラムは、自分の人生をその受胎の瞬間から語り起こそうとする。だがその受胎の場面からして脱線が始まる。 父ウォルターと母が夫婦の営みの最中に、母が、時計のねじを巻いたか、と尋ねる。この間の抜けた問いかけが自分の性格を決定的に損なった、と語り手は主張する。

一族の人々が次々に紹介される。父ウォルターは風変わりな学説に取り憑かれた人物で、人間の運命はその名前によって決まると信じている。伯父トウビーは心優しい元軍人で、かつての戦争で股間に負った傷のために独特の性格を持つ。庭に要塞の模型を作り、過去の攻城戦を再現することに没頭している。

トリストラムの誕生をめぐっても災難が続く。医者の鉗子の使い方が悪く、生まれる際に鼻をぺちゃんこに潰されてしまう。 鼻の形にこだわりを持つ父ウォルターはこれを深く嘆く。さらに洗礼の際、手違いによって、父が最も忌み嫌う名前「トリストラム」がつけられてしまう。

こうした出来事が、時系列を無視して断片的に語られる。伯父トウビーと未亡人ウォドマンのぎこちない恋の顛末なども挟まる。だが物語はまとまった筋をなさない。語り手自身の人生は、ほとんど語られないまま作品が終わる。

作者

登場する文学史