外套
- 原題
- Shinel
- 作者
- ニコライ・ゴーゴリ
- 成立
- 1842
- 国
- ロシア
- 時代
- 黄金時代
概要
1842年に発表された短篇小説である。舞台はペテルブルグ、主人公は官庁で書類を清書するだけの最下級の役人アカーキー・アカーキエヴィチである。
この人物には、野心も交際もない。書類を書き写すことだけが生きがいで、清書そのものに喜びを感じている。同僚からは軽んじられ、からかわれても、放っておいてくれ、という趣旨のことを弱々しく言うだけである。
物語は単純である。着古した外套が擦り切れて修理できなくなり、大枚をはたいて新しい外套を仕立てる。それを手に入れた喜びも束の間、夜道で強盗に奪われる。取り戻そうと奔走するが、有力者に一喝されて絶望し、熱を出して死ぬ。一着の外套の得喪だけで、一人の人間の生死が決まる。
結末に幻想が加わる。死んだアカーキーの幽霊が、ペテルブルグに現れて通行人の外套を剥ぎ取る、という噂で作品は閉じられる。
執筆は1830年代後半とみられ、1842年の作品集に収められた。ゴーゴリがペテルブルグを舞台にした一連の短篇の一つで、他に「鼻」「ネフスキー大通り」などがある。
着想については、ゴーゴリが聞いた逸話が伝えられる。倹約して手に入れた猟銃を、初めての狩りで水に落として失い、病んだ役人の話である。ただしこの逸話と作品の関係は確実ではない。
ゴーゴリは1809年、ウクライナの生まれ。ペテルブルグで下級官吏を務めた経験があり、官庁の描写にはその実感がある。この時期のロシアでは、官等が十四に分かれ、その序列が人間の価値を測る尺度になっていた。作品はその制度を背景にしている。
ゴーゴリはこの後、長篇死せる魂を書く。晩年は宗教的な苦悩の中で創作力を失い、死せる魂の続篇を焼き、1852年に死去した。
文学史における評価と影響
ロシア近代文学の出発点に置かれる作品である。取るに足りない小役人を主人公に据え、その些細な悲劇を正面から描いた。それまでの文学が扱わなかった、社会の最下層の名もない人物に、一篇を捧げた点が新しかった。
「ロシアの作家はみなゴーゴリの外套から出てきた」という言葉が、この作品の影響を示す句として広く流通している。ドストエフスキーの言葉として伝えられてきたが、誰の発言かは確定していない。フランスの批評家が広めたものとする説もある。いずれにせよ、この作品が後続の作家に与えた影響を要約する句として使われる。
主題として、小さき人——社会の底辺で押しつぶされる無力な人物——の系譜を作った。ドストエフスキーは最初の長篇『貧しき人々』でこの主題を引き継ぎ、作中でアカーキーへの言及を置いている。虐げられた者への同情を喚起する書き方は、以後のロシア文学の一つの型になった。
ただし、この作品を人道的な同情の書として読むことには、20世紀以降、留保がつけられてきた。ナボコフは、アカーキーへの単純な同情を退け、この作品の本質は、細部の異様さと、現実の裂け目から不条理が噴き出す語り口にあると論じた。幽霊が現れる結末、意味をなさない脱線、人物や地名の奇妙な音。社会小説としてより、言語と幻想の作品として読む立場である。
読み方の幅そのものが、この短篇の豊かさを示している。虐げられた者への同情の書としても、官僚制の風刺としても、不条理文学の先駆としても読まれてきた。
日本でも訳が複数ある。短く、ロシア文学の入口として勧められることが多い。
あらすじ
アカーキー・アカーキエヴィチは、ある官庁の九等官である。地位は最下級で、長年昇進もない。仕事は文書の清書で、それを何よりも愛している。休日にも家で書き写しをするほどである。服装は貧しく、外套は着古してもはや布地が透けている。
冬のペテルブルグは厳しく、外套の傷みが体にこたえる。仕立屋のペトローヴィチに修理を頼むが、もう継ぎが利かないと言われ、新調を勧められる。値段は八十ルーブルにのぼる。アカーキーの給料では手が届かない。
アカーキーは倹約を始める。夜は蝋燭を使わず、茶をやめ、洗濯代を惜しみ、歩くときは靴の傷みを避けて爪先立ちで歩く。外套を持つという目標が、初めて生活に張りを与える。 半年ほどで金が貯まり、思いがけない賞与も出て、外套は仕立てられる。
新しい外套を着た日、アカーキーは同僚たちに一目置かれる。ある課長が祝いの夜会に招く。慣れない席で夜遅くまで過ごし、帰り道につく。人けのない広場にさしかかったところで、二人組の男に外套を剥ぎ取られる。
翌日、署長に訴え出るが相手にされない。人から、有力者に頼めばよいと勧められ、ある「重要人物」を訪ねる。その人物は、権威を示すことばかり気にする男で、アカーキーの訴えを聞くと、規則を持ち出して怒鳴りつける。叱責されたアカーキーは、生まれて初めてのような恐怖に打たれ、外へ出る。吹雪の中を歩いて帰り、高熱を出す。
数日うなされ、譫言で外套のことばかり口走り、死ぬ。役所では、その席にはすぐ別の役人が座る。誰も不在に気づかない。
その後、ペテルブルグに幽霊が出るという噂が立つ。夜な夜な現れて、通行人の外套を剥ぎ取る。奪われたものの中には、あの「重要人物」の外套もあった。その人物はアカーキーを叱責したことを悔いていたところで、幽霊に出会い、外套を奪われる。以後、幽霊は現れなくなる。