女殺油地獄

作者
近松門左衛門
成立
1721
日本
時代
近世

概要

近松の作品のなかで最も後味の悪い一篇である。心中でも敵討ちでもない。理由らしい理由のない殺人が起こる。

主人公与兵衛は、大坂の油屋の次男である。二十三歳。働かず、遊び、借金を重ね、親に暴力を振るう。この作品には、与兵衛が同情されるべき事情がほとんど書かれていない。 親は継父だが優しく、実の母も甘い。追い詰めているのは与兵衛自身である。

殺されるのは、隣の油屋の女房お吉。三人の子を持つ。与兵衛を幼い頃から知っており、繰り返し親切にしてやっている。 金に困った与兵衛に小銭を渡し、庇いもする。

その相手を、与兵衛は金を借りられなかったという理由だけで刺す。恋でも恨みでもない。断られたから殺す。

最も知られているのが、その殺しの場面である。揉み合ううちに油樽が倒れ、店中に油が広がる。二人とも足を取られて滑る。立てない。逃げられない。与兵衛は何度も刃を外し、お吉は這って逃げようとして滑る。この場面が、油の中で長く引き延ばされる。

初演は1721年。当時は当たらなかった。 記録によれば早々に打ち切られている。

文学史における評価と影響

近代になって発見された作品にあたる。

近松の生前も、その後の江戸時代も、この作品はほとんど上演されなかった。曾根崎心中心中天網島が繰り返し演じられたのに対し、こちらは埋もれていた。

理由は分かりやすい。当時の観客が求めたのは、義理と人情のあいだで引き裂かれる話だった。この作品にはその葛藤がない。与兵衛は義理も人情も持っていない。ただ金に困り、断られ、殺す。泣ける要素がどこにもない。

評価が変わるのは明治以降である。坪内逍遥らが近松を文学として読み直す過程で、この作品が注目された。動機のない殺人という主題が、近代の関心に合った。 環境と性格が人を追い詰めていく過程が、写実的に書かれていると受け取られた。

現在では近松の代表作の一つに数えられる。歌舞伎でも繰り返し上演され、油に足を取られる殺しの場面は見せ場として知られる。役者が実際に油に近いものを撒いて滑る演出が用いられる。

与兵衛という人物は、繰り返し論じられてきた。悪人として書かれていない。弱く、幼く、その場しのぎで生きている。近松は与兵衛を裁かず、同情もしない。 この距離が、この作品を古びさせていない。

あらすじ

上の巻。大坂の油屋河内屋の次男与兵衛は、放蕩の限りを尽くしている。

野崎参りの道中、与兵衛は遊女といる場に出くわし、揉め事を起こす。そのとき泥をはねてしまったのが、隣の油屋豊島屋の女房お吉とその子どもたちだった。お吉は怒らず、与兵衛をかばう。

家では、継父の徳兵衛が与兵衛に頭が上がらない。もとは店の奉公人で、主人の死後に後家と結婚して店を継いだ身だからである。実の母もまた、与兵衛を叱れない。

中の巻。与兵衛の借金がふくらむ。取り立てが来る。

親は与兵衛を勘当する。だがそれは、これ以上放っておけば与兵衛が罪を犯すという心配からだった。両親は密かに、勘当した息子に金を届けようとする。

与兵衛はそれを知らない。金策に走り、方々で断られる。

期日が迫る。銀二百匁。用意できなければ、印判を偽造した罪が露見する。

下の巻。与兵衛は豊島屋へ行く。お吉に金を貸してくれと頼む。

お吉は断る。夫が留守で、店の金には手をつけられない。同情はするが、貸せない。

与兵衛は繰り返し頼み、断られる。そして刃物を抜く。

揉み合ううちに、店の油樽が倒れる。油が床一面に広がる。 二人とも足を取られる。

逃げようとするお吉が滑る。追う与兵衛も滑る。立ち上がっては倒れる。刃が外れ、また刺す。この場面が長く続く。

お吉は死ぬ。与兵衛は油まみれのまま金を奪って逃げる。

後日。与兵衛は捕らえられる。発覚のきっかけは、油の中に残った足跡だった。

処刑が決まる。与兵衛は自分がしたことをようやく理解する。両親が密かに金を用意していたことも知る。あと少し待てば、殺す必要はなかった。

作者

登場する文学史