武蔵野夫人

作者
大岡昇平
成立
1950
日本
時代
現代

概要

武蔵野を舞台に、いとこ同士の道ならぬ恋と、人々の欲望を描いた心理小説である。

大岡野火俘虜記など、戦争を描いた作家として知られる。だがこの『武蔵野夫人』は、まったく異なる、恋愛心理を扱った作品にあたる。

舞台は、東京郊外の武蔵野。主人公の人妻・道子(みちこ)は、学者の夫・秋山と、心の通わない結婚生活を送っている。そこへ、戦地から復員した年下のいとこ勉(つとむ)が帰ってくる。道子と勉のあいだに、抑えがたい思慕が芽生えていく。

だが二人の恋は、道ならぬものである。道子は貞節を守ろうとし、勉への思いと、妻としての道徳のあいだで、激しく揺れ動く。 一方、勉の側にも、若さゆえの衝動と迷いがある。

この純愛のまわりには、欲望に満ちた人々がうごめく。道子の夫・秋山は、妻を顧みず、別の女に走っている。近所の富子は、勉を誘惑しようとする。恋と、打算と、裏切りが、武蔵野の緑のなかで交錯する。

物語は、フランス心理小説の伝統を踏まえて書かれている。大岡が敬愛したスタンダールやラディゲの恋愛心理の精密な分析が、日本の郊外を舞台に試みられている。道子の心の揺らぎが、これ以上ないほど繊細に追われていく。

文学史における評価と影響

大岡昇平の戦争文学とは異なる一面を示す代表作であり、日本の恋愛心理小説の名作とされる。

大岡は、フランス文学、とりわけスタンダールの心理分析を深く学んだ作家だった。この作品では、その心理分析の手法が、日本の人妻の恋という主題に、正面から適用されている。 道子の心の動き——夫への幻滅、いとこへの思慕、貞節を守ろうとする意志、そして揺らぎ——が、精密に、論理的に分析される。

主題は、道徳と情念のあいだの葛藤である。道子は、いとこ・勉への思いを抱きながら、人妻としての道徳を守ろうとする。その相克が、フランス古典恋愛小説のように、緊張感をもって描かれる。 情念に流されまいとする理性の努力が、かえって悲劇を深めていく。

「武蔵野」という土地が、この作品に独特の情感を与えている。国木田独歩以来、文学に描かれてきた武蔵野の自然。その緑の風景を背景に、人々の欲望と純愛が交錯する。土地の記憶と、人間の情念とが、重ね合わされている。

戦争の極限を描いた野火の作家が、平時の恋愛心理を、同じ知的な精密さで分析した点が注目される。大岡の人間を冷静に観察し分析する眼が、戦場でも日常でも変わらず働いていることを示す作品にあたる。映画化もされ、広く読まれた。

あらすじ

東京郊外、武蔵野の地。「はけ」と呼ばれる、崖と湧き水のある一帯に、人妻の道子が、夫の秋山と暮らしている。

秋山は、フランス文学を専門とする大学講師である。知的だが、利己的で打算的な男で、妻の道子を愛してはいない。夫婦の心は、とうに離れていた。秋山は、いとこの妻である富子と、ひそかに関係を持っている。

そこへ、道子のいとこにあたる青年勉が、戦地から復員して帰ってくる。勉は、道子の家に寄宿することになる。

道子と勉は、幼い頃からの親しい間柄だった。再会した二人のあいだに、いつしか、いとこという間柄を超えた思慕が芽生えていく。 武蔵野の緑のなかを、二人で歩き、語り合ううちに、その思いは深まっていく。

だが道子は、人妻である。勉への思いを自覚しながらも、道子は、妻としての貞節を守ろうと、必死に自分を抑える。 情念と道徳のあいだで、道子の心は激しく揺れ動く。

一方この二人の純愛のまわりでは、欲望が渦を巻いている。

夫・秋山は、富子との関係に溺れ、妻を顧みない。さらに秋山は、道子の財産を狙ってもいる。富子は富子で、若い勉に色目を使い、誘惑しようとする。恋と打算と裏切りが、複雑に絡み合っていく。

道子は、勉への愛と、妻としての義務とのあいだで、追い詰められていく。勉に対する自分の思いが本物であるほど、道子は、その思いを遂げることを、自らに許せない。

やがて道子は、夫の裏切りと財産の企みを知る。心の支えを失い、追い詰められた道子は、貞節を守り通したまま、悲劇的な結末を迎える。

道ならぬ恋を抱えながら、道徳を守ろうとした一人の女性の揺らぎと破綻。それを、フランス心理小説の精密さで描いたこの作品は、武蔵野の緑を背景に、静かに幕を閉じる。

作者

登場する文学史