みだれ髪

作者
与謝野晶子
成立
1901
日本
時代
近代

概要

若い女が、自分の身体と欲望を歌った歌集である。三百九十九首。

当時、これは前例がなかった。和歌における恋は、待つこと、忍ぶこと、嘆くことだった。晶子の歌は、望むこと、誘うこと、触れることを歌う。

有名な一首がその調子を示している。やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君。熱い血の通う肌に触れもしないで、道徳を説いているあなたは寂しくないのか。説教する男に対して、女の側から挑発している。

もう一首。その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな。二十歳の自分の、櫛から流れる黒髪。その若さを自分で美しいと言い切る。

歌の語順が独特である。「やは肌の」「あつき血汐に」と、名詞が畳みかけられ、意味が後から追いつく。理屈で読むと分かりにくいが、音で読むと勢いがある。 この作りが当時の読者を驚かせた。

歌集の中心には実際の恋がある。晶子は歌人の与謝野鉄幹に恋をした。鉄幹には妻があった。晶子は家を出て上京し、鉄幹と結ばれる。 この歌集はその渦中に出ている。

刊行時、晶子は二十二歳。堺の菓子商の娘で、店番をしながら独学で古典を読み、歌を詠んでいた。

文学史における評価と影響

女性が自分の欲望を書いた最初期の例として、日本文学史に位置を持つ。

刊行時の反響は激しかった。風紀を乱すという批判が相次いだ。ある評者は、この歌集を毒草と呼んだ。女がこういうことを書くべきではない、という反発が主だった。

同時に、若い世代は熱狂した。短歌が古い型から出られると示した点で、この歌集は突破口になった。晶子が属した雑誌『明星』を中心に、浪漫主義の歌の運動が広がる。

技法の面では、破格が指摘されてきた。文法的に不安定な箇所が多く、意味の通らない歌もある。正岡子規の系統——写生を重んじるアララギ派——からは、感情に流れて言葉が甘い、と批判された。この対立は、以後の短歌の二つの流れとして続く。

晶子の仕事は歌集にとどまらない。源氏物語の現代語訳を三度にわたって手がけ、日露戦争のさなかに「君死にたまふことなかれ」を発表して非難を浴び、女性の教育と経済的自立を論じ、十一人の子を育てながら書き続けた。

「君死にたまふことなかれ」は、出征した弟に宛てた詩である。国のために死ぬなという趣旨で、当時、非国民として攻撃された。この歌集の三年後にあたる。

内容

歌集は六つの章に分かれる。「臙脂紫」「蓮の花船」「白百合」「はたち妻」「舞姫」「春思」。

「臙脂紫」が冒頭に置かれる。恋の始まりと高揚を歌う。

夜の帳にささめき尽きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ。夜通し囁き交わした星が、いまは地上の人の乱れた髪になっている。

「はたち妻」の章には、この歌集の代表歌が集まる。

やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君。

「白百合」では、女どうしの親しさが歌われる。晶子とともに鉄幹に関わった山川登美子との関係を背景に読まれることが多い。

繰り返し出てくるのが、髪である。題の「みだれ髪」がその中心にあたる。結い上げていない髪、ほつれた髪、櫛から流れる黒髪。当時、女の解いた髪は寝室のものであり、公に見せるものではなかった。 それを歌の主題に据えた点に、この歌集の姿勢が現れている。

春、花、乳房、唇、血といった語が頻出する。抽象的な感情ではなく、身体の部位と感覚が歌の材料になっている。

その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな。この一首が、歌集全体を代表する歌として扱われている。

作者

登場する文学史