伊豆の踊子

作者
川端康成
成立
1926
日本
時代
近代

概要

四十ページほどの短篇である。事件は起こらない。

主人公は二十歳の高等学校生。自分の性質が孤児根性で歪んでいると考え、それに耐えかねて一人で伊豆を歩いている。

途中、旅芸人の一行と何度もすれ違う。太鼓を持った踊子、その兄夫婦、母親役の女、若い娘。やがて道連れになり、数日をともに過ごす。

学生は踊子に惹かれる。踊子は十七、八に見えた。 髪を大きく結い、化粧をしている。

中ほどで、それが崩れる。共同湯から裸のまま出てきて手を振る踊子を見て、学生はその体つきに気づく。まだ子どもだった。十四歳である。

この瞬間に、話の性質が変わる。それまでの恋心が晴れて、学生は素直に笑えるようになる。以後、二人のあいだにあるのは恋というより、互いを警戒しなくてよい関係になる。

数日後、学生は学校の都合で東京へ帰る。踊子は波止場まで見送りに来るが、口をきかない。 何度話しかけても頷くだけで、船が離れるとき、白いものを振った。

船の中で学生は泣く。そして、その涙が心地よいものとして書かれる。

川端二十七歳の作品で、実際に十九歳のときに伊豆で旅芸人と道連れになった体験に基づく。

文学史における評価と影響

川端の初期の代表作であり、日本の青春小説の原型として繰り返し読まれてきた。

達成は、恋が成就しないことを不幸として書かなかった点にある。学生と踊子のあいだには何も起こらない。約束もない。それでも喪失の話にならない。 別れた後の涙が、甘く快いものとして書かれる。

踊子の年齢が明かされる場面が、この作品の中心にあたる。恋の対象だと思っていた相手が子どもだったと分かる。通常なら失望する場面である。ここで学生はむしろ解放される。思い込みが外れることが救いになる、という書き方が独特である。

旅芸人の扱いも指摘される。当時、旅芸人は差別の対象だった。作中にも「物乞い旅芸人村に入るべからず」という立て札が出てくる。川端はそれを告発しないが、消しもしない。 学生が彼らと歩くこと自体が、当時としては越境にあたる。

文体は短く、断片的である。説明が少なく、場面が飛ぶ。心情は直接書かれず、動作と風景から読み取らせる。この方法が後の川端の作品に一貫する。

映画化は六度に及び、そのたびに当時の人気女優が踊子を演じてきた。日本で最も繰り返し映像化された小説の一つである。

川端は1968年に日本人初のノーベル文学賞を受ける。受賞対象は雪国千羽鶴などだが、この短篇は入門として最も広く読まれてきた。

あらすじ

二十歳の学生が、一人で伊豆を歩いている。自分の性質が孤児根性で歪んでいるという息苦しさから逃れるための旅だった。

修善寺、湯ヶ島を過ぎ、天城峠に向かう。途中、旅芸人の一行と何度かすれ違う。そのなかに、太鼓を提げた若い踊子がいる。

峠の茶屋で雨宿りしていると、その一行が入ってくる。学生は踊子の隣に座る。 踊子は自分の座布団を裏返して学生に勧める。

一行が先に発つ。学生は追いかけ、道連れになりたいと申し出る。兄の栄吉が快く受け入れる。

一行は、栄吉とその妻千代子、母親役の女、雇いの娘百合子、そして踊子のである。伊豆の温泉場を回って稼いでいる。

湯ヶ野の宿。学生は木賃宿に泊まる一行とは別の宿に入る。夜、下の座敷で踊子が太鼓を打つ音が聞こえる。 酔客の声が混じる。学生は、踊子が汚されるのではないかと気を揉んで眠れない。

翌朝。川向こうの共同湯から、裸の踊子が飛び出してきて手を振る。 手拭いも持っていない。

そのとき学生は気づく。子どもだ。十七、八だと思っていたが、髪を大きく結っていただけだった。踊子は十四歳である。

学生は声を出して笑う。頭が拭われたように澄んで、微笑みが止まらなくなる。

以後、二人は打ち解ける。碁を打ち、本を朗読して聞かせる。踊子は学生の前に正座して聞き入る。兄夫婦は、学生を良い人だと繰り返し言う。

道中、踊子と百合子が学生の噂をしているのが聞こえる。いい人ね、いい人はいいね、という言葉である。学生はそれを聞いて、自分が普通の人間として受け入れられたと感じる。

下田へ着く。学生は学校の都合で、翌朝の船で東京へ帰らねばならない。

踊子は前日から様子がおかしい。一緒に活動写真を見に行こうという話も、母親役の女に止められて行けなくなる。

出発の朝。波止場に踊子が座っている。学生が近づいても、うつむいたまま何も言わない。話しかけると頷くだけである。

船が出る。学生が振り返ると、踊子は白いものを振っていた。

船の中で、学生は泣く。少年に親切にされ、その好意を受け取る。頭が澄んだ水になって流れ出し、後には何も残らないような、甘い快さだった、と記される。

作者

登場する文学史