豊饒の海
- 作者
- 三島由紀夫
- 成立
- 1965-1971
- 国
- 日本
- 時代
- 現代
概要
三島が命を懸けて書いた、四部からなる遺作である。輪廻転生を軸に、大正から戦後までの日本を描く。
全体を貫く目撃者は、本多繁邦という男である。彼は青年から老人へと歳を重ねながら、一人の魂が四度、別の人間に生まれ変わるのを見届ける。
第一部『春の雪』では、侯爵家の令嬢と悲恋に落ちて死ぬ、美しい青年松枝清顕。第二部『奔馬』では、昭和維新を夢見てテロに走り、割腹自決する青年飯沼勲。第三部『暁の寺』では、タイの王女ジン・ジャン。第四部『天人五衰』では、本多が養子に迎える少年安永透。
それぞれの体には、脇腹に三つの黒子があり、二十歳で死ぬ。本多は、この徴によって、彼らが同じ魂の生まれ変わりだと知る。
だが最終部で、その前提が揺らぐ。転生そのものが、本多の妄想だったのかもしれない。 老いた本多が最後に訪れる寺で、物語は、いっさいが「無」へと解き放たれる。
三島は、この第四部の最終回を書き上げた1970年11月25日、自衛隊市ヶ谷駐屯地で演説し、割腹自決した。作品と作者の死が、分かちがたく結びついている。
文学史における評価と影響
三島由紀夫の畢生の大作であり、その死と一体になった作品として、日本文学史に特異な位置を占める。
構想は壮大である。四部それぞれが、恋愛小説・政治小説・異国のエキゾティシズム・老いと虚無という異なる主題と文体を持つ。それを転生という一本の糸が貫く。 三島は、自分の全技法をここに注ぎ込んだ。
主題は、豊かに見えるものの空しさである。「豊饒の海」とは、月面の、水のない海の名にあたる。豊かという名を持ちながら、そこには何もない。 華やかな生の連なりの果てに、いっさいが無だったと示される結末は、この題名に呼応する。
仏教の唯識思想が、作品の背骨をなす。転生を語りながら、最後にその転生さえ疑わせ、存在そのものを「空」へと解体する。三島の思想的な到達点とされる。
作者の自決が、この作品の受容を決定づけた。最終巻を脱稿した日に死んだという事実は、作品を一種の「遺書」として読ませる。 第二部で青年が割腹自決する場面と、作者自身の最期が重なり、多くの論議を呼んだ。
一方、観念性の過剰を指摘する声もある。とりわけ後半、物語の生気が薄れ、思想が前面に出すぎるという批判である。それでも、これほどの規模で生と死と時間を問うた小説は稀で、繰り返し論じられてきた。
あらすじ
第一部『春の雪』。大正初期。名門・松枝侯爵家の美貌の青年清顕は、伯爵家の令嬢聡子と、互いに惹かれ合う。だが清顕の優柔不断から、聡子は宮家との縁談を進められる。婚約が整ったのちに、二人は激しく愛し合う。許されぬ恋の露見を前に、聡子は出家し、清顕は絶望のうちに、二十歳で病死する。友人の本多繁邦が、その最期を看取る。
第二部『奔馬』。昭和初期。裁判官になった本多は、剣道大会で、脇腹に三つの黒子を持つ青年飯沼勲に出会う。清顕の生まれ変わりだと、本多は直感する。勲は、腐敗した政財界を憂い、昭和維新を志す純粋な国粋主義の青年である。彼はテロ計画に加わり、財界の要人を暗殺したのち、海辺で割腹自決する。 二十歳だった。
第三部『暁の寺』。太平洋戦争の前後。タイを訪れた本多は、自分が飯沼勲の生まれ変わりだと言い張る、幼いタイの王女ジン・ジャンに出会う。長じた彼女にも、脇腹に三つの黒子があった。本多は、彼女への老いた欲望に囚われる。 ジン・ジャンは、二十歳を前に、蛇に咬まれて死ぬ。
第四部『天人五衰』。戦後。老いた本多は、港で働く聡明な少年安永透を見出し、脇腹の三つの黒子を確かめて、養子に迎える。転生の魂を、自分の手で育てようとする。だが透は、冷酷で傲慢な青年に育ち、本多を虐げる。透は二十歳を過ぎても死なず、やがて自殺を試みて失明する。 転生の徴は、偽りだったのかもしれない。
物語の最後、老いた本多は、かつて聡子が出家した奈良の門跡寺院を訪ねる。六十年ぶりに会う、老いた聡子(門跡)。
本多は、清顕のことを語る。だが聡子は、清顕という人を、そもそも知らない、と言う。 そんな人は、初めから存在しなかったのではないか、と。
本多が生涯をかけて見届けたはずの、四つの生、一つの魂の転生——そのすべてが、揺らぎ、崩れていく。
聡子は本多を、夏の日ざかりの、静まりかえった庭へ導く。
何もない。物音一つしない、空っぽの庭。
いっさいが「無」へと解き放たれて、四部の大河は閉じられる。