走れメロス

作者
太宰治
成立
1940
日本
時代
近代

概要

友情を扱った短い話である。二十ページほど。日本の中学校の国語教科書に、最も長く載り続けている小説の一つにあたる。

牧人メロスは、人を信じない暴君ディオニスを殺そうとして捕らえられる。処刑は免れない。だがメロスは、妹の結婚式を挙げるために三日の猶予を願い出る。その担保として、友人のセリヌンティウスを人質に置く。

期限までに戻らなければ、友が代わりに殺される。王は、メロスが逃げると踏んでいる。 人は結局、自分がかわいい。それを証明したいのである。

メロスは村へ戻り、式を挙げ、日没までに戻ろうと走り出す。そこから先が、この小説の本体にあたる。

道中で次々に障害が起こる。橋が濁流に流されている。山賊が襲う。疲れ果てて動けなくなる。

最も重要なのは、その最後の場面である。メロスは一度、諦める。もう走れない。友には悪いが、自分は精一杯やった。 そう自分に言い聞かせて、体を投げ出す。

そこから泉の水を飲んで起き上がり、また走り出す。このとき、メロスを動かしているのは正義感ではない。 自分が卑怯者になりたくない、という一点だけである。

間に合ったメロスと友は殴り合う。そして王が心を変える。

原典は、古代ギリシャのダモンとピュティアスの伝説である。太宰はシラーの詩を通してこれを知り、日本語の短篇に作り直した。

文学史における評価と影響

教科書に載ることによって位置が決まった作品にあたる。

内容は単純である。友情、信義、暴君の改心。太宰の他の作品とは調子がまったく違う。 人間失格斜陽のような、自分を責め続ける語りがここにはない。

そのため、太宰らしくないと言われ続けてきた。明るく、まっすぐで、教訓的である。それが教科書に採られた理由でもある。

だが読み直すと、そう単純ではない。中盤でメロスが一度諦める場面が、この作品の核心にあたる。走れなくなり、友を見捨てる言い訳を並べる。醜い、と自分でも思う。

そこから起き上がる理由が、立派ではない。正義のためでも友のためでもなく、間に合わなかった自分に耐えられないから走る。 メロス自身が、自分は正義の男ではない、と言う。

この一段があることで、この作品は単なる美談から外れる。太宰が書いたのはここだった、という読み方が定着している。

書かれた時期も指摘される。1940年、日本が戦争へ向かうなかで、太宰はこの明るい話を書いた。同じ年に太宰は結婚し、生活が最も安定していた時期にあたる。 その数年後には斜陽人間失格を書き、1948年に自ら死ぬ。

あらすじ

メロスは牧人で、村に妹と暮らしている。妹の結婚式のために、街へ買い物に出る。

街は静まりかえっていた。人に尋ねると、王が人を信じられなくなり、次々に処刑しているという。妹婿も、家臣も、老臣も殺された。

メロスは激怒し、王城へ乗り込む。捕らえられる。

王ディオニスは言う。人の心は当てにならない。人間はもともと私欲の塊だ。

メロスは反論するが、処刑は決まる。そこでメロスは三日の猶予を願う。 妹の結婚式を挙げさせてほしい。必ず戻る。

担保として、友人の石工セリヌンティウスを差し出す。

王はこれを許す。内心では、メロスが逃げると考えている。 逃げれば、人は信じられないという自分の考えが証明される。

メロスは村へ帰り、妹の結婚式を急がせる。雨のなか、祝宴が開かれる。メロスは一晩だけ眠り、夜明け前に発つ。

そこから走り出す。

昼まで順調に進む。だが川に着くと、橋が濁流に流されていた。 メロスは川へ飛び込み、泳ぎ渡る。

峠で山賊が待ち伏せる。王の命令だと言う。メロスは棍棒を奪って三人を打ち倒し、走り続ける。

そして力尽きる。日は傾いている。体が動かない。

メロスはその場に倒れ、言い訳を並べ始める。自分は精一杯やった。走れなくなったのは自分のせいではない。 友には悪いが、仕方がない。

その言い訳を並べている自分に、メロスは気づく。

そのとき、足元で水の音がする。泉が湧いていた。メロスは水を飲み、起き上がる。

そして走り出す。間に合うかどうかは問題ではない。信じられているという一点のために走る。自分は正義の男ではない、とメロスは考える。

日没直前、刑場に着く。セリヌンティウスがまさに吊るされようとしていた。

メロスは駆け込む。二人は抱き合う。

そしてセリヌンティウスが、メロスに殴ってくれと言う。自分は途中で一度だけ、友が来ないのではないかと疑った。メロスもまた殴られ、そして自分も疑ったと告げて殴り返す。

二人は泣いて抱き合う。

それを見ていた王が、輪の中に入ってくる。自分も仲間に入れてほしい、と言う。信実は空虚な妄想ではなかった、と。

群衆が歓声を上げる。そして少女が、裸のメロスに緋のマントを差し出す。 メロスは自分が裸であることに、そこで初めて気づく。

作者

登場する文学史