ヴィルヘルム・テル
- 原題
- Wilhelm Tell
- 作者
- フリードリヒ・シラー
- 成立
- 1804
- 国
- ドイツ
- 時代
- 古典主義・ロマン主義
概要
1804年に初演された五幕の戯曲である。シラーが完成させた最後の作品にあたる。翌1805年、シラーは四十五歳で死去した。
舞台は、14世紀初頭のスイスである。当時、この地はハプスブルク家の支配下にあり、代官による圧政に苦しんでいた。物語は、三つの原初州の民衆が同盟を結び、圧政に立ち上がる独立の伝説を軸にする。
主人公ヴィルヘルム・テルは、山地の猟師である。優れた弩の射手で、政治にはあまり関わろうとしない一個の人間として描かれる。テルは、民衆の同盟の集まりには加わらない。 独立運動の指導者ではなく、ただ、圧政の犠牲になった一人として、代官への復讐に立ち上がる。
最も知られているのは、代官ゲスラーが、テルに、自分の子の頭上に載せた林檎を射させる場面である。この試練が、テルを圧政への抵抗へと駆り立てる。
素材は、スイスの独立をめぐる伝説と年代記である。テルの林檎の逸話や、リュトリの誓いは、16世紀のスイスの年代記に記されている。ただし、テルが実在の人物かどうかは、歴史的には確認されていない。同種の弓の名手の伝説は、北欧など各地に見られ、テルの話もその一つが土着化したものとする見方がある。
シラー自身は、スイスを訪れたことがなかった。ゲーテがスイス旅行の見聞を伝え、資料を提供したことが、執筆のきっかけになったとされる。シラーは、地図や旅行記を頼りに、スイスの風土を作品に描き込んだ。
執筆時期は、シラーの晩年にあたる。健康を害しながら、精力的に歴史劇を書いた時期の作である。政治的には、ナポレオン戦争下のヨーロッパで、民族の自由が切実な問題になっていた。圧政に対する民衆の抵抗という主題は、この時代の空気と共鳴した。
文学史における評価と影響
シラーの戯曲の中で、最も広く上演されてきた作品の一つである。とりわけドイツ語圏とスイスでは、自由と独立の象徴として長く親しまれてきた。
主題としては、圧政への抵抗と、自由の獲得が中心にある。処女作群盗が、法の外に出た個人の反逆を描き、その破滅に終わったのに対し、この作品では、抵抗が正当なものとして描かれ、民衆の解放に結びつく。シラーの反逆の主題が、より成熟した形をとっていると読まれる。
政治的な受容は複雑である。自由を求める民衆の劇として、革命や独立運動の文脈で持ち上げられた一方、テルによる代官殺害という「暗殺」の場面は、時代によって危険視された。ナチス期には、当初は民族の抵抗の劇として利用されたが、後に、暗殺者を英雄とする内容が指導者にとって都合が悪くなり、上演と教材からの排除が行われた。同じ作品が、政治状況によって正反対に扱われた。
テルの造形も、議論の的である。テルは民衆の同盟には加わらず、集団の運動の外にいる。テルを動かすのは、政治的な理想ではなく、我が子と自分の命を脅かされた個人の怒りである。共同体の抵抗と、個人の復讐が、別々に進んで一点で交わる構成が、この劇の特徴をなす。
「林檎を射る」場面と、「二本目の矢」の台詞は、作品を離れて広く知られている。ロッシーニがこの物語をオペラ化しており、その序曲はとくに有名である。
日本でも訳が読める。上演も行われている。
あらすじ
スイスの三つの州は、オーストリアの代官の横暴に苦しんでいる。代官は、民衆を虐げ、無理な要求を突きつける。ある男は、代官の家来から妻を守ろうとして相手を殺し、逃亡する。テルはこの男を、湖の嵐の中、船で対岸へ渡して助ける。
各地の有力者が、リュトリの草原に密かに集まり、圧政に対する同盟を結ぶ。三州の代表が、夜明けに手を取り合って、自由のために共に戦うことを誓う。 これがスイス建国の伝説的な場面とされる。だがテルは、この集まりには加わっていない。
代官ゲスラーは、自らの権威を示すため、広場の竿の先に自分の帽子を掲げ、通行人にそれへ敬礼することを命じる。テルは、子を連れて広場を通りかかり、帽子に敬礼せずに通り過ぎる。捕らえられる。
ゲスラーは、テルが名高い射手であることを知り、残酷な試練を課す。テルの幼い息子の頭に林檎を載せ、それを射抜けと命じる。 外せば、親子ともに殺す。テルは、矢を二本、懐に取る。一本を弩につがえ、息子の頭上の林檎を見事に射抜く。
ゲスラーは、なぜ二本目の矢を用意したのかと問う。テルは初め答えを渋るが、命の保証を得て正直に答える。「もし最初の矢で我が子を殺していたら、二本目の矢は、貴様に向けて放つつもりだった」。 激怒したゲスラーは、約束を破ってテルを捕らえ、船で牢へ連行させる。
湖を渡る途中、嵐が起こる。テルは縛めを解かれ、船を操るよう命じられる。テルは、船を岸壁に寄せた隙に、岩へ跳び移って逃れる。
テルは、ゲスラーが通る隘路で待ち伏せる。ゲスラーが現れる。テルは、圧政への怒りと、自分と子を殺そうとした恨みを込めて、矢を放つ。ゲスラーは射抜かれて死ぬ。
代官の死は、蜂起の合図となる。民衆は各地の城を攻め落とし、圧政の象徴を打ち倒す。同じ頃、オーストリア皇帝が身内の者に暗殺される知らせが届く。テルの家に、皇帝を殺した公が逃げ込んでくる。テルは、自分の行いは圧政者への正当な報いであり、私利私欲からの暗殺とは違うと言って、この者を退ける。自由を得た民衆の喜びのうちに、劇は幕を閉じる。