朗読者
- 原題
- Der Vorleser
- 作者
- ベルンハルト・シュリンク
- 成立
- 1995
- 国
- ドイツ
- 時代
- 戦後
概要
1995年に刊行された長篇小説である。戦後ドイツのナチスの過去との向き合い方を主題にする。
語り手ミヒャエル・ベルクは、十五歳の少年である。ある日、体調を崩したところを、二十歳以上年上の女性ハンナに介抱される。二人は関係を持つようになる。ハンナは、逢瀬のたびに、ミヒャエルに本を朗読させることを求める。「朗読者」という題は、ここから来ている。 やがて、ハンナは、何も告げずに姿を消す。
数年後、法学生になったミヒャエルは、裁判の傍聴で、ハンナと再会する。ハンナは、ナチスの強制収容所の看守だった罪で、被告席に座っていた。 過去に愛した女が、戦争犯罪の加害者だった。ミヒャエルは、深い衝撃を受ける。
この作品は、戦後世代が、親の世代の犯した罪と、どう向き合うかを問う。加害者を、単純に断罪することができるのか。 愛と、罪と、責任の関係が、繊細に扱われる。
なお、この作品は著作権が生きているため、詳細なあらすじを記すにあたっては、要点にとどめる。
シュリンクは1944年の生まれ。法学者であり、裁判官も務めた人物である。この法律の専門家としての経歴が、作品における、罪と法をめぐる考察に、深みを与えている。
作品は1995年に刊行され、ドイツで大きな反響を呼んだ。各国語に訳され、国際的なベストセラーになった。とりわけ、アメリカで広く読まれ、有力なテレビ番組で紹介されたことが、世界的な普及を後押しした。
作者シュリンクは、戦後生まれの世代に属する。親の世代が犯した罪と、それを引き継ぐ世代の関係。これは、シュリンク自身の世代の切実な問題だった。
文学史における評価と影響
戦後世代のナチスの過去との向き合いを描いた作品として、広く読まれてきた。グラスのブリキの太鼓が、過去を直接に体験した世代の作品だとすれば、この作品は、その次の戦後生まれの世代の視点に立つ。
主題の中心にあるのは、世代を超えた戦争責任である。ミヒャエルは、罪を犯した世代ではない。だが、その愛した女は、加害者だった。加害者を愛してしまった者は、その罪に、どう向き合えばよいのか。 単純に断罪することも、免罪することもできない。この割り切れなさこそが、戦後世代の直面した問題だった。愛と罪が、分かちがたく結びついている。
読み書きができないという設定は、この作品の解釈をめぐって、論争を呼んだ。ハンナが罪を犯したのは、文字が読めなかったことと、関係するのか。ハンナの犯罪を、無知や、思考の欠如によって、部分的に「説明」してしまうことは、加害者を免罪することにならないか。 この批判は、根強く提起されてきた。作品が、加害者への同情を誘いすぎる、という指摘である。この論争そのものが、ホロコーストを文学で扱うことの難しさを、示している。
「凡庸な悪」という、哲学者ハンナ・アーレントの概念とも、しばしば結びつけて論じられる。巨大な悪は、必ずしも極悪人によってではなく、命令に従い、考えることをやめた、平凡な人々によって、遂行される。ハンナという人物は、その一例として読まれることがある。
2008年、映画化され、主演女優がアカデミー賞を受けた。この映画によって、作品はさらに広く知られた。
日本でも訳が読める。読みやすく、戦争責任という重い主題への入口として読まれることが多い。
あらすじ
1958年、西ドイツの町。十五歳のミヒャエルは、路上で病に倒れ、通りかかった女性ハンナに介抱される。回復後、礼を言いに訪ねたことから、二人の関係が始まる。ハンナは、市電の車掌をしている、三十六歳の女性である。
二人の逢瀬には、決まった儀式があった。ミヒャエルが、ハンナに本を朗読するのである。ミヒャエルは、学校で読む古典を、次々にハンナに読んで聞かせる。ハンナは、物語に、子どものように熱心に聞き入る。この朗読が、二人の関係の中心にあった。 だが、ある日、ハンナは、突然、町から姿を消す。理由も告げずに。ミヒャエルは、深い喪失感を抱える。
数年後、法学生になったミヒャエルは、ゼミの一環として、ある裁判を傍聴する。ナチスの戦争犯罪を裁く裁判である。被告席に、ハンナがいた。ハンナは、かつて、強制収容所の女性看守だった。 裁判では、収容所からの移送中、教会が火事になり、閉じ込められた収容者を、看守たちが救わずに見殺しにした事件が、審理されていた。
裁判の過程で、ミヒャエルは、ハンナのある秘密に気づく。ハンナは、文字が読めなかった。読み書きができないことを、ハンナは、何よりも恥じ、必死に隠していた。かつて、ミヒャエルに朗読を求めたのも、そのためだった。裁判では、ハンナが報告書を書いたかどうかが、罪の重さを左右する争点になる。字が書けないと明かせば、罪を軽くできる。だが、読み書きができないと認めるくらいなら、より重い罪を引き受けることを選ぶ。自らの尊厳のために、より重い刑を受け入れる。 ハンナは、無期懲役の判決を受ける。
ミヒャエルは、この秘密に気づきながら、法廷でそれを明かすべきかどうか、苦悩する。結局、ハンナの意志を尊重して、沈黙を守る。
服役するハンナのために、ミヒャエルは、あることを始める。書物を朗読したテープを、繰り返し、刑務所に送り続ける。 そのテープを頼りに、ハンナは、獄中で、独学で、文字を覚える。読み書きができるようになる。
長い刑期の後、ハンナの釈放が近づく。ミヒャエルは、出所後の生活を手配する。だが、釈放を目前にした朝、ハンナは、独房で自ら命を絶っていた。 わずかな遺産を、あの火事の生き残りの女性に贈るよう、遺言していた。