ナナ

原題
Nana
作者
エミール・ゾラ
成立
1880
フランス
時代
19世紀

概要

1880年に刊行された長篇小説である。前年から新聞『ル・ヴォルテール』に連載され、単行本は発売直後に五万部が売れた。

ゾラが二十巻で構成した連作「ルーゴン=マッカール叢書」の第九作にあたる。この連作は、一つの一族の子孫を第二帝政期の各階層に配置し、遺伝と環境が人間をどう作るかを描くという構想で書かれた。第二帝政とは、ナポレオン一世の甥ルイ=ナポレオンが1852年に皇帝ナポレオン三世として即位し、1870年に普仏戦争で敗れて倒れるまでの時期を指す。鉄道と銀行が急速に伸び、パリが大改造された繁栄の時代にあたる。主人公アンナ・クーポー、通称ナナは、居酒屋に登場する洗濯女ジェルヴェーズの娘で、あの作品の終わり近くで十五歳の街娼になっている。

この作品ではナナは十八歳から始まり、劇場の舞台に立ったことをきっかけに高級娼婦となる。街娼とは違い、特定の富裕な男から屋敷と生活費を出させ、社交界の周辺で暮らす立場である。関わった男たちは財産を失い、家庭を壊し、何人かは死ぬ。結末でナナ自身が天然痘で死ぬ場面と、普仏戦争の開戦が重ねられる。

ゾラは執筆にあたって、高級娼婦の世界を調べている。当時の高級娼婦はドゥミ・モンドと呼ばれる社交界の周縁を形成しており、屋敷、馬車、劇場の桟敷を持ち、新聞に動向が載る存在だった。ゾラは実在の何人かの生活を情報提供者から聞き取り、屋敷の内部、劇場の楽屋、競馬場を実地に見て回った。取材ノートが残っている。

連載中から評判になり、単行本は初日に五万五千部を売った。ゾラの本でこれを超える売れ方をしたのは居酒屋だけである。批評は割れた。猥褻だという非難と、社会の実態を書いたという擁護が並んだ。

「金色の蠅」という比喩は作中で新聞記者フォーシュリが書く記事に出てくる。汚物から生まれた蠅が飛び立ち、社会の上層に止まって腐敗させる、という内容で、ナナ自身はこの記事を読んでも意味が分からない。ゾラはこの比喩を作品の外から説明せず、登場人物の書いた記事という形で置いた。

文学史における評価と影響

社会の下層と上層が腐敗を介してつながっているという見方が、この作品の骨格にあたる。ナナは居酒屋で描かれた貧民街の産物であり、その貧民街を作ったのは第二帝政の繁栄そのものである。ゾラは連作全体で、一つの一族が各階層に散らばる構成をとることで、この循環を示そうとした。

ナナの造形については議論が続いている。ナナは計算して男を破滅させるのではなく、金を使い、飽き、次に移るだけである。破滅は結果として起きる。この書き方によって、ゾラは個人の悪意ではなく社会の仕組みを問題にした、という読み方がある。一方で、女性の身体を破壊的な力として描く型に依存しているという批判もあり、19世紀後半の文学と絵画に繰り返し現れる「宿命の女」——男を破滅させる魔性の女という型——の系譜のなかで論じられてきた。

結末の重ね方も指摘される。ナナの死体と、開戦に沸く群衆が同じ場面に置かれる。第二帝政は繁栄の裏で腐敗しており、外からの一撃で崩れた、という見立てが、説明ではなく配置によって示されている。

居酒屋を先に読むと、ナナがどこから来た人物かが分かる。

あらすじ

1867年4月、パリのヴァリエテ座。新作の初日に、無名のナナが金髪のヴィーナス役で舞台に立つ。歌えず、演技もできない。第三幕でほとんど裸に近い薄物一枚で現れると、場内は静まり、それから熱狂する。翌日からナナの名はパリ中に知られる。

ナナは劇場の支配人から前借りを重ね、パトロンを次々に替える。ロシアの貴族、ユダヤ人の商人、新聞記者。金は入るそばから消え、屋敷には常に取り立てが来ている。

ミュファ伯爵は宮廷に仕える敬虔なカトリックで、それまで妻以外の女を知らなかった。舞台裏でナナに引き合わされ、以後、離れられなくなる。伯爵は屋敷を買い与え、借金を肩代わりし、宮廷での立場を危うくしていく。ナナは伯爵の前で、その妻が別の男と通じていることを知りながら黙っている。

ナナは一度、俳優フォンタンと暮らして舞台を離れる。フォンタンは金を出させたうえでナナを殴り、やがて追い出す。ナナは街娼に戻り、そこからまた高級娼婦として復帰する。この期間だけ、ナナは自分から金を渡す側にいる。

以後は男たちの破滅が続く。銀行家シュタイネルは投機に失敗して破産する。十七歳のジョルジュ・ユゴンはナナが自分の兄と寝たことを知り、鋏で胸を刺して死ぬ。その兄フィリップは、ナナに渡す金のために連隊の金庫から公金を盗み、投獄される。競馬では、ナナと同じ名を付けられた牝馬が大穴で勝ち、伯爵ヴァンドーヴルは自分の馬に不正な賭けをして発覚し、厩に火を放って焼け死ぬ。

ミュファ伯爵は、自分の見ている前でナナが他の男を寝室に入れることを許すようになる。伯爵は四つん這いになって犬の真似をさせられる。娘の結婚相手にはナナの元愛人が選ばれ、妻の不倫も公然となる。伯爵は最後に信仰へ逃げ込む。

ナナは金を使い果たし、パリを離れて各地を回る。1870年7月、幼い息子ルイが天然痘にかかったと聞いて戻り、看病する。息子は死に、ナナも感染する。

グラン・ホテルの一室で、かつての仲間の女たちが遠巻きに見守るなか、ナナは死ぬ。顔は膿疱に覆われて元の形をとどめていない。窓の外の大通りでは、普仏戦争の開戦に沸く群衆が「ベルリンへ」と叫びながら通り過ぎていく。この戦争でフランスは大敗し、第二帝政は崩壊する。

作者

登場する文学史