出口なし

原題
Huis clos
作者
ジャン=ポール・サルトル
成立
1944
フランス
時代
20世紀以降

概要

地獄を舞台にした芝居だが、炎も拷問道具も出てこない。

あるのは第二帝政風の応接間が一つだけである。そこに死んだ三人が順に連れて来られ、扉が閉まる。眠ることもまぶたを閉じることもできず、鏡もない。三人は互いを見続けるほかない。

やがて分かるのは、この三人が互いに最も傷つけ合う組み合わせとして選ばれていることである。一人が求めるものを、相手は決して与えない。その相手が求めるものも、別の一人が与えない。責め苦を与える者を置く必要がない。人間を三人入れておけば足りる。

作中の台詞「地獄とは他人のことだ」が、この作品を離れて広く知られている。

上演時間は九十分ほどで、休憩なしの一幕である。

1944年5月、ドイツ占領下のパリで初演された。連合軍のノルマンディー上陸の一か月前にあたる。

サルトルは当初、三人の俳優が同時に舞台にいて誰も引っ込まない芝居を、という条件で書いたと述べている。当時は空襲で交通が止まることがあり、出番が飛び飛びの役では上演が成り立たない事情があった。

占領下の検閲があったが、この作品は許可された。政治的な言及がなく、死者の話として書かれているためである。ガルサンが戦争から逃げようとして銃殺されたという設定も、どの戦争かは明示されない。

サルトルは前年の1943年に、哲学の主著存在と無を刊行している。そこで論じられた「まなざし」の議論が、この芝居の土台にある。他人に見られることで、自分が一つの対象として決めつけられるという分析である。

文学史における評価と影響

「地獄とは他人のことだ」の一句が独り歩きしてきた。サルトル自身は後の講演で、これは誤解されていると述べている。他人がすべて地獄だという意味ではない。他人との関係がこじれたとき、他人は地獄になる。そしてその関係は変えられる、という趣旨である。

扉が開く場面が、その根拠になる。三人は出ていけるのに出ていかない。ガルサンは、自分が臆病者でなかったという判定を他人から受け取ることに執着しており、そのために自分から留まる。

自分が何者であるかを他人の評価に委ねると、そこから出られなくなる。サルトルが存在と無で「不誠実」と呼んだ状態が、この形で舞台に置かれている。

構成の切り詰め方も、この作品の特徴にあたる。一部屋、三人、九十分、幕間なし。装置も転換もない。上演が容易で、小劇場や学生の公演で繰り返し取り上げられてきた。

三人の関係が閉じている点も指摘される。誰も自分の求めるものを得られず、しかも自分が誰かの求めるものを握っている。この構造は、以後の閉鎖状況を扱う劇や映画で繰り返し使われた。

日本では戯曲の訳が複数あり、上演も続いている。

あらすじ

給仕がガルサンを部屋に案内する。ガルサンは拷問道具はどこかと尋ねる。給仕は答えない。窓もなく、鏡もなく、電気は消せず、ベルは時々鳴らない。まぶたは閉じられず、眠ることもできない。給仕は出ていき、扉が閉まる。

次にイネスが入る。ガルサンを給仕だと思い込み、違うと知って不機嫌になる。

次にエステルが入る。若く、身なりがよく、この状況を何かの手違いだと考えている。

三人は最初、互いに正体を隠そうとする。ガルサンは新聞記者で平和主義者だったと言う。イネスは郵便局員だったと言う。エステルは何もしていないと言う。

だが地上の様子が見えるようになり、次第に事情が出てくる。

ガルサンは戦争が始まったとき、平和主義を理由に国外へ逃げようとして列車で捕らえられ、銃殺された。妻には長年つらく当たっていた。いま地上では、かつての同僚が、あいつは臆病者だったと話している。ガルサンは、自分が逃げたのは信念のためか怯えのためかを決めたい。

イネスは郵便局に勤め、従弟の妻フロランスを奪った。二人で暮らし、イネスは毎日フロランスに、夫を死なせたのはお前だと言い続けた。ある夜フロランスがガス栓を開け、二人とも死んだ。イネスは自分が残酷であることを認めている。

エステルは貧しい家から金のために年上の男と結婚し、若い恋人との間に子を産んだ。子はバルコニーから湖に落として殺した。恋人はその場で頭を撃って自殺した。エステルは肺炎で死んだ。

三人の求めるものが噛み合わない。ガルサンはイネスに、自分は臆病者ではなかったと認めてほしい。イネスはエステルを欲している。エステルは男に見られたい。

エステルはガルサンに身を寄せる。だが自分の顔を確かめる鏡がない。イネスが、私が鏡になってあげると言い、見えているものを言葉で伝える。それが正しいかどうかは確かめようがない。

ガルサンとエステルが近づくと、イネスがそれを見て嘲る。ガルサンは、イネスの目がある限り何もできないと言う。

ガルサンは扉を叩き、出してくれと叫ぶ。扉が開く。廊下が見える。

だが誰も出ていかない。ガルサンは、イネスに自分を認めさせるまで出られないと言う。イネスは出ていく気がない。エステルはガルサンについていく気しかない。扉は閉じられる。

ガルサンが理解する。焼き網も要らない、地獄とは他人のことだ。

エステルがペーパーナイフでイネスを刺す。イネスは笑いながら、自分はもう死んでいると言い、何度も刺される。

三人は笑い出し、やがて静まる。ガルサンが言う。それでは、続けようか。幕。

作者

登場する文学史