恋愛論

原題
De l'amour
作者
スタンダール
成立
1822
フランス
時代
19世紀

概要

恋愛を観察の対象として扱った本である。歌わず、嘆かず、段階に分けて記述する。断章の集まりで、通読するより拾い読みに向く。

スタンダールは恋を四種に分ける。すべてを賭ける情熱恋愛、社交界の洗練された作法としての趣味恋愛、肉体的恋愛、そして相手の地位や評判に惹かれる虚栄恋愛。このうち情熱恋愛だけを本物として扱う。

最もよく知られているのが結晶作用という概念にあたる。恋に落ちた者は、相手に次々と新しい美点を見出していく。その美点は相手に実在しない。 恋する心が作り出している。スタンダールはこれをザルツブルクの岩塩坑の比喩で説明した。坑内に投げ込んだ枯れ枝が、二、三か月後には無数の結晶に覆われて取り出される。もとの枝はもう見えない。

この本は失恋から生まれている。1818年、ミラノでスタンダールはマティルデ・デンボウスキーという女性に激しい恋をし、二年あまり報われないまま苦しんだ。その苦しみを、感情としてではなく分析の対象として扱おうとした結果がこの本である。自分の状態を対象化して法則を探す、という態度そのものがスタンダールの資質を示している。

刊行当時はまったく売れなかった。十一年で売れたのは十数部だったと本人が記している。スタンダールが広く読まれるようになるのは死後かなり経ってからで、本人は自分が1880年ごろに読まれるだろうと予言していた。この予言はほぼ当たった。

文学史における評価と影響

最大の遺産は結晶作用という概念である。恋する心が相手のうちに実在しない美点を作り出す、という指摘は、比喩の鮮やかさもあって著作を離れて広まり、恋愛心理を語るときの基本語彙になった。

この概念の含意は鋭い。恋の対象は実在の相手ではなく、恋する心が作り上げた像である。つまり恋は相手についての認識ではなく、自分の想像力の産物にあたる。同時代のロマン主義が恋愛を魂の結合として賛美していたのに対し、スタンダールは情熱恋愛を最も高く置きながら、その幻想性を冷静に見抜いていた。賛美と暴露が同じ本に同居している。

分析という態度も、この本の特質である。ラ・ロシュフーコーらに代表される17世紀以来のモラリストの伝統——人間の心理を観察して箴言に刻む書き方——を受け継ぎながら、その対象を19世紀の情熱恋愛に向けた。

スタンダールの小説との関係も深い。赤と黒のジュリヤンとレナール夫人、パルムの僧院のファブリスとクレリア。これらの恋の進み方は、この本の七段階と正確に対応している。 スタンダールの恋愛描写が他に類を見ないほど精密なのは、この分析の裏づけによる。

女性の教育を論じた部分も、当時としては踏み込んでいる。女性がまともな教育を受けられないことが、恋愛と社会の両方を貧しくしている、と論じられており、後の議論の先取りとして参照されることがある。

内容

スタンダールは恋の発生を七つの段階に分けて記述する。

第一に感嘆。相手に目を留め、優れていると感じる。第二に期待。あの人に愛されたら、と想像する。第三に希望の誕生。相手にも脈があるかもしれないと思う。第四に恋の発生。相手を見、触れ、その感覚を通じて喜びを感じるようになる。

そして第五に、第一の結晶作用が起こる。

ここでザルツブルクの岩塩坑の比喩が置かれる。坑内に、葉を落とした枯れ枝を投げ込む。二、三か月後に取り出すと、枝は無数の輝く結晶に覆われ、見違えるほど美しいものになっている。もとの枯れ枝はもう見えない。

恋も同じである。恋する心は相手のうちに次々と新しい美点を見出していく。その多くは実在しない。枯れ枝が結晶に覆われるように、相手は美点に覆われる。

第六に疑惑の発生。相手の心が本当に自分にあるのか、疑いが生じる。そして第七に第二の結晶作用。疑惑と不安のうちで、結晶作用はいっそう激しく進む。愛されていると確信できないからこそ、想像は強くなる。

以下、この分析が実例と逸話によって裏づけられていく。イタリア、フランス、ドイツ、イングランドと、国ごとの恋愛のあり方の比較。歴史上の恋の逸話。中世の宮廷風恋愛の伝統。そして女性の教育をめぐる議論。話題は次々に移り、体系的な論文というより覚書の集積に近い形をとっている。

作者

登場する文学史