アルフレッド・ド・ミュッセ
- 原綴
- Alfred de Musset
- 生没
- 1810–1857
- 出身
- パリ
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
生涯
1810年、パリの文人の家に生まれた。早熟な才能を示し、二十歳前に詩集を発表して、ロマン派の若い詩人として注目された。当初から、既成のロマン主義を軽やかにからかう、才気に満ちた作風を見せた。
二十代のなかば、七歳年上の作家ジョルジュ・サンドと激しい恋におちた。二人はイタリアのヴェネツィアへ旅したが、そこでミュッセが病に倒れ、看病にあたった医師とサンドが通じてしまう。裏切りに傷ついて別れたこの恋の歓喜と苦しみが、その後の創作の源泉になった。
失恋の痛手から、連作詩「夜」をはじめとする円熟した作品が生まれた。だがしだいに健康を損ない、酒におぼれ、創作力も衰えていった。四十代でアカデミー・フランセーズの会員に選ばれたが、晩年は不遇のうちに、1857年、四十六歳で没した。
作風
ミュッセの詩は、恋愛の感情を、率直に、飾らずにうたう。歓喜も、嫉妬も、絶望も、そのままの姿で詩になる。理屈や技巧よりも、心の真実をそのまま言葉にすることを重んじた。この率直さが、多くの読者の共感を呼んだ。
苦悩を、そのまま美に変えることを信じた。連作詩「夜(Les Nuits)」では、詩人と、詩神である女神とが語り合う形で、失恋の苦しみがうたわれる。「もっとも絶望した歌こそ、もっとも美しい歌である」という一句は、苦しみと詩の結びつきについての、ミュッセの信条をよく示している。
戯曲では、恋愛の機微を軽やかに描いた。上演を前提としない「安楽椅子の演劇」と呼ばれる作品群で、繊細な会話と心理によって、恋の駆け引きや若者の苦悩をとらえた。詩と劇の両面で、恋愛を主題にし続けた作家である。
作品
『世紀児の告白(La Confession d'un enfant du siècle)』(1836年)
ジョルジュ・サンドとの恋を下敷きにした自伝的な小説である。革命後の時代を生きる若者の、幻滅と倦怠、そして愛の苦しみを描いた。題にある「世紀児」は、時代の病を背負った若者を指す。
『夜(Les Nuits)』(1835-1837年)
失恋の苦悩を、詩人と詩神の対話としてうたった連作詩である。ミュッセの抒情の頂点とされる。
戯曲『ロレンザッチオ(Lorenzaccio)』は、ルネサンス期のフィレンツェを舞台にした歴史劇で、フランス・ロマン派演劇の傑作に数えられる。恋の残酷な行き違いを描いた喜劇『恋はたわむれ(On ne badine pas avec l'amour)』も、今日まで繰り返し上演されている。
文学史における立ち位置と影響
ミュッセは、フランス・ロマン主義を代表する詩人の一人として文学史に名を残す。とりわけ、恋愛の感情を率直にうたう抒情詩において、その真価を発揮した。苦悩をそのまま美へと転じるその詩は、ロマン派の心情を最も純粋な形で示している。
戯曲の分野でも、独自の達成を残した。上演を意識しない自由な発想で書かれたその劇は、後になって舞台にかけられ、繊細な心理劇として高く評価された。フランス・ロマン派演劇の代表的な書き手とされる。
ジョルジュ・サンドとの恋と破局は、文学史上の名高い挿話として語り継がれ、その苦悩が生んだ詩とともに、ミュッセの名を不朽のものにしている。