アンドレ・マルロー

原綴
André Malraux
生没
1901–1976
出身
パリ
フランス
時代
20世紀以降

生涯

1901年、パリに生まれた。二十代の初め、カンボジアの密林に埋もれた古代クメールの寺院を訪ね、その浮彫を持ち出そうとして現地で逮捕・起訴された。この事件を機に植民地の現実に目を開き、フランス領インドシナ(現在のベトナム周辺)で、植民地支配を批判する新聞の発行に関わった。この時期の東洋での経験が、初期の小説の背景になった。

1930年代、スペイン内戦が起こると、共和国政府を支援する側で、義勇の航空隊を組織して戦った。第二次大戦下では、ドイツ占領に対する抵抗運動に加わった。文学だけでなく、時代の政治的な闘争のただなかに、みずから身を投じた作家である。

戦後、シャルル・ド・ゴールに深く共鳴し、その盟友となった。ドゴールが政権をとると、初代の文化大臣として長く文化行政を率いた。晩年は小説から離れ、美術論や回想録に力を注いだ。1976年に没した。

作風

マルローの小説の中心には、「行動」がある。革命、戦争、テロといった、極限の行動のただなかに身を置く人間を描いた。安全な傍観者ではなく、みずからの命を賭けて歴史に関わる者の姿が、その主題である。

その行動を通して問われるのが、死と、人間の尊厳である。神を失った世界で、人はいかにして、死すべき自らの運命に意味を与えうるのか。マルローの主人公たちは、他者との連帯や、大義への献身のなかに、この問いへの答えを求める。孤独な死を、人間としての尊厳へと転じようとする。

美術への関心も、その思想と深く結びついている。晩年に説いた「空想の美術館」という考えでは、あらゆる時代と文明の芸術を、人間が死と虚無に抗って生み出した創造として、一つに結びつけた。行動と芸術は、いずれも運命への人間の応答なのである。

作品

『人間の条件(La Condition humaine)』(1933年)

1927年の中国・上海での革命の蜂起と、その挫折を描いた長篇である。革命に身を投じる者たちが、拷問や処刑を前にして、いかに死と向き合い、人間としての尊厳を保とうとするかを描いた。マルローの代表作であり、ゴンクール賞を受けた。

『希望(L'Espoir)』(1937年)

スペイン内戦に、みずから義勇兵として加わった経験に基づく長篇である。ファシズムと戦う人々の連帯と苦闘を描いた。

カンボジアでの体験を下敷きにした初期の長篇『王道(La Voie royale)』は、密林の遺跡をめぐる冒険と死を描いた。美術論『空想の美術館』や、回想録『反回想録』も、マルローの重要な仕事である。

文学史における立ち位置と影響

マルローは、行動のなかに人間の尊厳を問うた作家として文学史に名を残す。革命や戦争といった歴史の激動に、傍観者ではなく当事者として関わり、それを文学に結晶させた。二十世紀前半の、時代と切り結ぶ「行動する作家」の代表とされる。

その主題は、同時代の実存主義の文学と深く響き合う。神なき世界で、人間がいかに自らの生と死に意味を与えるかという問いは、サルトルカミュの探究とも交わる。マルローは、それを観念ではなく、行動の物語として描いた。

作家であり、革命家であり、大臣でもあったその生涯そのものが、二十世紀の知識人のあり方を示す一つの典型とされている。文学と政治、思索と行動を、一身に生きた人物である。その功績をたたえ、没後の1996年、遺骨は偉人をまつるパンテオンに移された。

登場する文学史