アルフォンス・ド・ラマルティーヌ

原綴
Alphonse de Lamartine
生没
1790–1869
出身
ブルゴーニュ地方マコン(現・ソーヌ=エ=ロワール県)
フランス
時代
19世紀

生涯

1790年、ブルゴーニュ地方のマコン(現・ソーヌ=エ=ロワール県)の貴族の家に生まれた。豊かな自然のなかで、信仰篤い母に育てられた。青年期に愛した女性を病で失った経験が、初期の詩に深い影を落としている。

1820年、詩集『瞑想詩集』を発表し、一夜にして名声を得た。個人の感情を、率直に、音楽的な言葉でうたったこの詩集は、フランス・ロマン派の詩の始まりを告げるものだった。

やがて政治の世界に転じた。自由と人道を重んじる立場から議会で活動し、フランス革命期の一党派を描いた歴史書『ジロンド党史』はベストセラーとなって、革命前夜の世論を刺激した。1848年の二月革命では臨時政府の外務大臣となり、その実質的な指導者に立った。群衆が急進派の赤旗を掲げようとしたとき、三色旗を守るよう説いた演説は名高い。だが同年末の大統領選挙でルイ=ナポレオンに惨敗し、まもなく政治の舞台から退いた。晩年は借金の返済のために大量の著述に追われ、不遇のうちに1869年に没した。

作風

ラマルティーヌの詩は、個人の内面の感情を、率直にうたう。愛、喪失、信仰、自然への思いといった、心の動きを、飾らずに、しかし気高い調子で表現する。それまでのフランス詩が重んじた技巧や規則よりも、感情の真実を優先した点が新しかった。

自然と心が響き合う。移りゆく湖や、暮れゆく空、めぐる季節といった自然の情景に、みずからの感情を重ねてうたう。名高い詩「湖(Le Lac)」は、かつて愛した人とともに過ごした湖に一人立ち、過ぎ去った時を惜しむ。「おお時よ、その歩みをとどめよ」という呼びかけは、時の流れへの抗いがたい哀惜をうたった。

音楽性も特徴である。言葉の響きとリズムを重んじ、なめらかに流れる詩句をつむいだ。この抒情的な音楽性が、多くの読者を魅了した。

作品

『瞑想詩集(Méditations poétiques)』(1820年)

個人の感情を率直にうたった詩を集めた詩集である。愛する人を失った悲しみ、自然への思い、信仰といった主題を、音楽的な言葉で表現した。「湖」をはじめとする名詩を含み、フランス・ロマン主義の詩の出発点とされる。

『新瞑想詩集』『詩的宗教的調べ』など、その後も抒情詩集を発表した。晩年には、みずからの体験に基づく物語『グラジエラ』も残している。

文学史における立ち位置と影響

ラマルティーヌは、フランス・ロマン主義の詩を切り開いた詩人として文学史に名を残す。『瞑想詩集』が、個人の感情を率直にうたうことで、規則にしばられた古典主義の詩から、感情と抒情を重んじる新しい詩へと道を開いた点に、その決定的な意義がある。

この詩集の成功が、後に続くユゴーら、フランス・ロマン派の詩人たちの活躍への道をならした。ラマルティーヌは、フランス近代抒情詩の扉を最初に開いた詩人とされる。

詩人であると同時に、共和主義の政治家として1848年の革命に深く関わった点も、その生涯を特徴づけている。文学と政治の双方で、時代の理想を体現しようとした人物である。

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