ボーマルシェ
- 原綴
- Pierre-Augustin Caron de Beaumarchais
- 生没
- 1732–1799
- 出身
- パリ
- 本名
- ピエール=オーギュスタン・カロン
- 国
- フランス
- 時代
- 18世紀
生涯
1732年、パリの時計職人の家に生まれた。本名はピエール=オーギュスタン・カロン。みずからも時計職人として腕をふるい、二十歳を過ぎたころ、時計をより正確にする新しい機構を発明した。それを年上の職人に横取りされかけると、堂々と学士院に訴えて自分の考案だと認めさせた。この一件で世に知られ、若くして宮廷に出入りするようになった。「ボーマルシェ」は、のちに名乗った貴族風の名である。
時計師にとどまらず、実業家、投機家、外交の密使、そして訴訟の当事者として、波乱に富んだ人生を送った。アメリカ独立戦争では、フランスから植民地側へ武器を送る事業にも関わった。こうした冒険的な生涯そのものが、その作品の活力の源になっている。
劇作家としては、二つの喜劇で不朽の名を得た。『セビリアの理髪師』と『フィガロの結婚』である。とりわけ後者は、貴族への風刺のため上演が長く禁じられ、それがかえって評判を高めた。フランス革命の前夜を生き、革命の混乱のなかで各地を転々とし、1799年に没した。
作風
ボーマルシェの喜劇は、テンポの速い筋の展開と、機知に富んだ台詞に特徴がある。すれ違い、変装、たくらみが次々と繰り出され、観客を飽きさせない。舞台の技巧を知り尽くした、生き生きとした喜劇である。
その中心にいるのが、従僕フィガロである。フィガロは、機転と弁舌によって、身分の高い主人をやりこめる。生まれではなく才覚で世を渡るこの人物は、旧来の身分社会への痛烈な風刺になっている。「あなたは偉い身分に生まれる苦労をしただけだ」というフィガロの台詞は、貴族の特権を鋭く突いた。
笑いの底に、社会批判がひそむ。愉快な喜劇の形をとりながら、生まれによる特権の不合理を、大衆にもわかる形で舞台に乗せた。娯楽と風刺を両立させた点が、ボーマルシェの手腕である。
作品
『セビリアの理髪師(Le Barbier de Séville)』(1775年)
スペインのセビリアを舞台に、理髪師フィガロが、老後見人の目を盗んで、若い恋人たちの仲を取り持つ喜劇である。軽快な筋と生き生きとした人物で人気を博した。作曲家ロッシーニのオペラの原作としても名高い。
『フィガロの結婚(Le Mariage de Figaro)』(1784年)
前作の続篇で、フィガロが自分の結婚をめぐって、横暴な主人の伯爵と知恵比べをする喜劇である。貴族の特権を風刺した内容が問題視され、上演が長く禁じられた。作曲家モーツァルトのオペラの原作となったことでも知られる。
文学史における立ち位置と影響
ボーマルシェは、フランス革命前夜の社会の空気を、喜劇の舞台に映し出した劇作家として文学史に名を残す。従僕フィガロが主人を出し抜くという設定そのものが、身分社会への異議申し立てになっていた。その風刺は、来るべき革命の気分を先取りするものだった。
二つの喜劇は、演劇史のうえでも重要である。緻密に組み立てられた筋と、機知に富む台詞は、フランス喜劇の伝統のなかでモリエールの後を継ぐものとされる。
フィガロを主人公にした喜劇には、革命後に書かれた『罪ある母』を加えた三部作がある。また、当局の弾圧を逃れて、啓蒙思想家ヴォルテールの著作全集を国外で刊行した仕事も、その気骨を示している。
さらに、モーツァルトとロッシーニという二人の大作曲家が、それぞれの作品をオペラに仕立てたことで、ボーマルシェの喜劇は音楽の分野でも生き続けている。舞台と音楽の両方で愛され続ける、稀有な劇作家である。