高慢と偏見

原題
Pride and Prejudice
作者
ジェイン・オースティン
成立
1813
イギリス
時代
ロマン主義

概要

1813年1月、匿名で刊行された長篇小説である。表紙には著者名の代わりに「『分別と多感』の著者による」とだけ記された。三巻本、全61章。

舞台は18世紀末のイングランド南部の田舎で、登場するのはジェントリと呼ばれる階層に属する人々である。ジェントリは土地からの収入で働かずに暮らせる地主層を指し、貴族ではないが庶民でもない。この階層の女性には職業がなく、相続からも外されることが多かったため、結婚が生活の手段そのものだった。ベネット家には娘が五人いて男子がないため、屋敷と土地は限嗣相続の取り決めによって遠縁のコリンズに渡ることが決まっている。娘たちが結婚しなければ、父の死後に一家は住むところを失う。

事件らしい事件は起きない。舞踏会、訪問、散歩、手紙。その範囲で、誰が誰をどう評価し、その評価がどこで狂っていたかだけが動いていく。冒頭の一文は、財産のある独身男性は妻を求めているはずだ、というのが世間の通念である、という趣旨を述べるが、直後にそれがベネット夫人の思い込みとして扱われ、通念のほうが皮肉られる形になっている。

オースティンの文章では、三人称の地の文の中に人物の考えがそのまま流れ込む。「彼女は~と思った」と断らずに、地の文が一時的に人物の視点に染まる書き方で、自由間接話法と呼ばれる。読者はエリザベスの判断に寄り添いながら読み進め、その判断が誤っていたことを本人と同時に知る。

原型は1796年から翌年にかけて、二十歳そこそこのころに「第一印象」という題で書かれた。父ジョージ・オースティンがロンドンの出版社に売り込んだが、原稿を読まれもせずに断られている。

十年以上そのままだったが、1811年にオースティンの最初の刊行作『分別と多感』が世に出て評判を得たことで状況が変わった。改稿のうえ表題を改め、1813年に同じ出版社から刊行された。版権は110ポンドで売り渡している。買い切りの契約だったため、その後の増刷がどれだけ売れても著者の収入にはならなかった。

生前に刊行された四作はすべて匿名である。作者の名が公にされたのは死後、1818年の遺作二作の刊行時に兄が伝記的な覚書を付けたときだった。

文学史における評価と影響

同時代の小説がゴシックの怪奇や大陸の冒険を扱っていたのに対して、この作品が扱うのは半径数十キロの日常だけである。それでも小説として成り立つことを示した点が、後の写実的な小説への道をひらいた。ウォルター・スコットは日記に、ありふれた日常の人物と出来事をこれほど確かに描く筆致は自分にはないと記している。

技法の面では自由間接話法の完成が最も大きい。語り手の言葉と人物の心中の言葉が地続きになるため、人物の思い込みを、その思い込みの内側から読ませることができる。エリザベスがウィッカムの話を信じる場面で、読者も一緒に信じてしまうのはそのためである。この技法はフローベールを経て、以後の小説の標準的な道具になった。

評価は一貫していたわけではない。シャーロット・ブロンテは1848年の手紙で、この作家の世界には情熱がなく、丁寧に手入れされた庭を上から覗いているようだと批判した。20世紀半ばにF・R・リーヴィスが『偉大な伝統(The Great Tradition)』でオースティンをイギリス小説の系譜の起点に据え、以後は英文学の中心作の扱いが定着した。

近年は経済の側面から読まれることも多い。作中では登場人物の年収がたびたび明示され、誰と結婚できるかがその数字で決まる。恋愛小説として読まれてきたものが、同時に財産と階層の小説でもあることが、あらためて注目されている。

映像化と翻案が繰り返されており、1995年のBBCの連続ドラマ、2005年の映画のほか、時代や舞台を移した派生作品も多い。

あらすじ

ネザーフィールド館に、ビングリーという独身の資産家が越してくる。娘五人を抱えるベネット夫人は、誰か一人と結婚させようと動く。地元の舞踏会でビングリーは長女ジェインと親しくなるが、同行してきた友人ダーシーは踊ろうともせず、次女エリザベスを「我慢できる程度」と評する。その言葉をエリザベス本人が聞いてしまう。

屋敷を相続することになっている牧師コリンズがベネット家を訪れ、埋め合わせのつもりでエリザベスに求婚する。断られると、三日後にエリザベスの親友シャーロット・ルーカスに求婚し、受け入れられる。二十七歳のシャーロットは、愛情のない結婚を経済的な判断として選ぶと言い切る。

町に駐屯した民兵隊の将校ウィッカムは、亡父がダーシー家の執事だったと語り、約束されていた聖職禄をダーシーに握り潰されたと訴える。エリザベスはその話を信じ、ダーシーへの反感を強める。まもなくビングリーは一行とともにロンドンへ去り、ジェインは理由も分からないまま置き去りにされる。

シャーロットの新居を訪ねた先で、エリザベスはダーシーに再会する。ダーシーは求婚するが、その言い方は、家柄も財産も釣り合わない相手を愛してしまった自分の葛藤を並べるものだった。エリザベスは拒み、姉とビングリーを引き離したこと、ウィッカムへの仕打ちを責める。翌日、ダーシーは手紙を渡す。ジェインの側に愛情の兆しが見えなかったこと、そしてウィッカムが放蕩の末に遺贈金を使い果たし、十五歳の妹ジョージアナを駆け落ちに誘って財産を狙ったことが書かれていた。エリザベスは、自分が人を見る目を持っていると信じてきたこと自体が誤りだったと認める。

叔父夫婦との旅の途中、エリザベスはダーシーの領地ペンバリーを見学する。使用人が主人を寛大な人物として語る。そこへダーシー本人が戻ってきて、以前とは違う穏やかな態度で叔父夫婦をもてなす。

その最中に、末妹リディアがウィッカムと駆け落ちしたという知らせが届く。結婚しないまま同棲すれば、姉妹全員が縁談から外される。ダーシーは誰にも告げずにロンドンで二人を探し出し、ウィッカムの借金を払い、金を与えて結婚させる。エリザベスは叔母の手紙からその事実を知る。

ビングリーが戻り、ジェインと婚約する。ダーシーの伯母キャサリン・ド・バーグ夫人がベネット家に乗り込み、甥とは結婚しないと誓えとエリザベスに迫る。エリザベスが誓わなかったことが伯母からダーシーに伝わり、それが望みをつなぐ。二度目の求婚は受け入れられ、姉妹二組の結婚で話は終わる。

作者

登場する文学史