ガリヴァー旅行記

原題
Gulliver's Travels
作者
ジョナサン・スウィフト
成立
1726
イギリス
時代
17-18世紀

概要

1726年10月、著者名を伏せて刊行された。表紙に記されたのは「レミュエル・ガリヴァー著」という架空の著者名で、本の体裁も当時よく読まれていた航海記そのままである。実在の航海記が備えていた緯度経度の記述や地図まで模してある。読者はまず実録として手に取り、途中から異常に気づくように作られている。

全体は四部からなり、それぞれ別の国への航海を扱う。小人の国リリパット、巨人の国ブロブディンナグ、空飛ぶ島ラピュタを含む諸国、そして理性を持つ馬の国フウイヌム。前へ進むほど風刺の対象が広がり、最後は人間という種そのものに向かう。

日本では長く児童書として流通してきたが、それは第一部と第二部だけを取り出し、寸法の面白さに絞った翻案である。原作の中心は政治と学問と人間性への攻撃であり、第四部は子ども向けに直せる内容ではない

構想はスクリブレルス・クラブに発する。1710年代のロンドンで、スウィフトポープらが集まり、学問や文筆の愚行を架空の人物に語らせる共同の企てを進めていた。そこで生まれた「マーティヌス・スクリブレルスの回想録」の一部が、この作品の第三部の原型になったと考えられている。

執筆は1721年ごろから1725年にかけて、アイルランドで行われた。スウィフトはイングランド生まれだがダブリンで育ち、聖パトリック大聖堂の首席司祭を務めていた。イングランドによるアイルランド支配への批判を匿名の政治文書で繰り返しており、逮捕の危険を意識せざるを得ない立場にあった。

刊行にあたっては、原稿を第三者経由で出版者に渡し、著者との接触を断つという手順が取られた。それでも出版者は危険を感じ、政治的に際どい箇所を無断で書き換えている。スウィフトは怒り、修正を求めた。原文が回復されたのは1735年のダブリン版である。

初版は数週間で売り切れ、たちまち版を重ねた。当時から、リリパットの党派争いはトーリーとホイッグの対立、卵の割り方の戦争はカトリックとプロテスタントの争いに重ねて読まれ、王宮の火事の場面は不敬だという非難も出た。

文学史における評価と影響

18世紀前半のイギリスでは、風刺が文学の主要な形式だった。ポープの詩がそうであるように、当代の人物と事件を名指しに近い形で攻撃する文章が、読者を持っていた。その中でこの作品は、風刺の枠組みを架空の国の記述に移すことで、特定の政敵を超えて、制度そのものを対象にすることに成功している。

作品の型としては、実録の文体を厳密に守ることで虚構を成立させる方法が新しい。数値と日付を几帳面に記し、感情を交えずに異常を報告する語り口は、後の空想的な小説が繰り返し使うことになる。理想化された社会を旅先に置く枠組みはユートピアから受け継いだものだが、この作品では旅先の国も同じように批判の対象になる。

第四部の解釈は決着していない。理性だけで生きるフウイヌムを人間の目指すべき姿として示したのか、それとも感情も愛情も持たないその社会もまた風刺の的なのか。前者を採れば作者は人間嫌いということになり、後者を採れば、心酔して帰るガリヴァーこそが笑われていることになる。この対立は今日まで続いている。

受容の歴史そのものが、この作品をめぐる問題を示している。前半二部だけが絵入りの子ども向けの本になって世界中に広まり、後半は読まれないまま「小人と巨人の話」として記憶された。ヤフーは英語で粗野な人間を指す普通名詞になり、リリパットは矮小なものの代名詞になったが、その出所である第四部と第一部の内容は、必ずしも一緒には伝わっていない。

あらすじ

第一部。船医ガリヴァーは難破して、身長六インチほどの人間が住むリリパットに漂着する。宮廷では、靴の踵を高くする党と低くする党が争い、皇帝は低い踵の側を用いている。隣国ブレフスキュとの戦争は、卵を丸い端から割るか尖った端から割るかの対立から始まった。ガリヴァーは敵の艦隊を綱で引いてきて手柄を立てるが、相手国の併合には協力を拒む。宮殿の火事を放尿で消し止めたことで王妃の怒りを買い、両目を潰す刑が内々に決まったと知って、ブレフスキュへ逃れ、帰国する。

第二部。次の航海で、身長が自分の十二倍ほどある人々の国ブロブディンナグに置き去りにされる。農夫に拾われて見世物にされ、王妃に買われて宮廷で暮らす。ガリヴァーは母国の議会制度、法律、戦争の歴史を誇らしく説明するが、聞き終えた王は、この国の制度は害悪の集積であり、あなたの同胞は地上を這う小さな害虫の中でも最も忌まわしい種族に見えると述べる。火薬の製法を献上しようとすると、そのような発明を知りながら使わずにいられる王はいないと言って拒まれる。籠ごと鷲にさらわれ、海に落ちたところを救助される。

第三部。海賊に襲われ、空中に浮かぶ島ラピュタに拾われる。住民は数学と音楽の思索に没入していて、話しかけられるまで我に返らない。地上の都市バルニバービには、王立の学士院がある。研究者たちは、胡瓜から日光を取り出す、糞を元の食物に戻す、屋根から順に家を建てる、といった課題に長年取り組んでおり、その間に国土は荒れている。さらにラグナグでは、死なない人間ストラルドブラグに会う。不死を羨んだガリヴァーは、この者たちが老衰したまま死ねず、記憶も言語も失って生き続けるだけだと知る。帰路には日本にも立ち寄り、長崎で踏み絵を免除してもらう。作中で実名で登場する現実の国はここだけである。

第四部。船員の反乱で見知らぬ島に置き去りにされる。そこを支配しているのは理性を持つ馬フウイヌムで、人間の姿をした獣ヤフーが家畜として扱われている。ヤフーは貪欲で不潔で、光る石をめぐって争う。ガリヴァーはフウイヌムの言語を学び、その社会に嘘も貨幣も戦争もないことを知って心酔する。だが自分がヤフーと同じ形をしている以上、この国にいることは許されない。追放され、帰国したあとも人間の臭いに耐えられず、妻子を遠ざけて馬小屋で過ごし、馬に話しかけて日を送る。

作者

登場する文学史