活きる

作者
余華
成立
1993
中国
時代
近現代

概要

1993年に刊行された長篇小説である。それほど長くない。

構成は二重になっている。民謡を採集して回る若い男が、田で牛を追う老人に出会い、その身の上話を聞く。老人が自ら語る一人称が本体で、聞き手の「私」の記述がそれを挟む。

老人の名は福貴。1940年代、地主の息子として何不自由なく育ち、賭博で家産をすべて失う。以後、国共内戦、土地改革、大躍進、文化大革命という四十年余りを、貧しい農民として生きる。

その間に、父、母、息子、娘、妻、婿、孫を、順に失う。残るのは老人と、屠殺場から買った老いた牛だけである。

作者は序文で、この小説は人が生きることそのものについて書かれたのであり、生きること以外の何かのために生きるのではないという趣旨を述べている。

余華は1960年、浙江省杭州の生まれ。両親はともに医師で、病院の官舎で育った。歯科医として五年働いたのち、1983年から創作に移った。

1980年代の作品は、暴力と死を冷たい筆致で描く前衛的なもので、「先鋒文学」と呼ばれる流れに属していた。

この作品はその作風からの転換にあたる。着想は、アメリカの民謡「オールド・ブラック・ジョー」を聞いたことにあると、後の序文で述べている。家族も友人も失った老黒人が、なお穏やかに歌っているという内容に打たれたという趣旨である。

作品は1992年に雑誌に発表され、翌年に単行本になった。

1994年、張芸謀が映画化した。葛優と鞏俐が主演し、カンヌ国際映画祭で賞を得た。この映画は中国国内では長く公開されなかった。 大躍進と文化大革命の描き方が問題とされたためである。映画では、小説と異なり、福貴と家珍が生き残る形に改められている。

余華は後に『兄弟』などの長篇を書き、国際的に読まれている。

文学史における評価と影響

1990年代の中国文学で最も読まれた作品の一つである。中国国内で長く売れ続け、教育の現場でも扱われている。

作風の転換という点で、作者の位置を示す作品にあたる。1980年代の前衛的な実験を離れ、平明な語りと、明確な物語に移った。この転換は、同時代の中国文学全体の動きとも重なる。

歴史の扱い方が特徴的である。国共内戦、土地改革、大躍進、文化大革命という重大な出来事が次々に起きるが、福貴はその意味を理解しない。政治の言葉で語られることは一度もなく、すべては「息子が死んだ」「妻が病んだ」という個人の出来事として現れる。歴史を、それを説明する言葉を持たない者の側から書く。

死の反復については、評価が分かれてきた。八人の家族が一人ずつ死ぬ構成を、過剰と見る批判がある。一方、その反復によって、生きることが目的を失っても続くという主題が成立しているという読みもある。

「活着(生きている)」という題そのものが、作品の主張になっている。何かのために生きるのではなく、生きることそのものが目的だ、という作者の言葉は、繰り返し引用される。

駱駝祥子と比較されることがある。どちらも下層の人物が繰り返し失う話だが、老舎の主人公が最後に人格を失うのに対し、この作品の福貴は穏やかなまま残る。同じ構造から、逆の結論が出ている。

日本でも訳が読める。映画から入る読者も多い。

あらすじ

若い頃の福貴は、地主の一人息子で、遊蕩に明け暮れていた。妓楼に通い、妻の家珍が身重の身で諌めに来ても取り合わない。賭博場で、龍二という男に仕組まれて負け続け、百畝あった土地と屋敷をすべて失う。

父は、借金を銅銭に換えて自ら運び、返済を済ませた直後、便所で足を踏み外して死ぬ。一家は茅屋に移る。家珍は実家に連れ戻され、男児を産んで戻ってくる。

福貴が病の母のために町へ医者を呼びに行くと、国民党軍に捕らえられ、そのまま従軍させられる。二年後、解放軍の捕虜となり、帰郷を選んで村に戻る。母はすでに死に、娘の鳳霞は高熱の後遺症で聴覚と言葉を失っていた。

土地改革が行われる。屋敷を手に入れていた龍二は地主として銃殺される。自分の土地を巻き上げた男が、その土地のために殺される。 福貴は、自分が財産を失ったからこそ生き延びたと考える。

大躍進が始まり、鍋を供出して鉄を作り、共同食堂ができる。まもなく食糧が尽き、飢饉が来る。家珍は病を得る。

息子の有慶は、学校で県長夫人の輸血のために採血され、血を抜かれ過ぎて死ぬ。十三歳だった。病院に駆けつけた福貴が抗議しようとすると、県長は戦友の春生だった。福貴は殴りかかることができない。

娘の鳳霞は、頭の傾いた運搬労働者の二喜に嫁ぐ。二人は互いを大切にする。鳳霞は男児を産むが、産後の出血で死ぬ。息子が死んだのと同じ病院である。

家珍は、娘の死から三か月後に死ぬ。文化大革命が始まり、春生は批判にさらされて自ら命を絶つ。

二喜は、工事現場でコンクリート板に挟まれて死ぬ。福貴は孫の苦根を引き取り、育てる。

七歳の苦根が熱を出す。福貴は、めったに食べられない豆を煮て食べさせ、畑に出る。戻ると、苦根は豆を食べ過ぎて死んでいた。

十年余りが過ぎる。福貴は、屠殺場に引かれていく老いた牛を買い取り、自分と同じ名を付けて飼っている。田を耕しながら、死んだ家族の名を呼んで牛に呼びかける。ほかにも牛がいると思わせるためだ、と説明する。

語りが終わり、日が暮れる。老人と牛が畑を離れていく。

作者

登場する文学史