駱駝祥子
- 作者
- 老舎
- 成立
- 1936-1937
- 国
- 中国
- 時代
- 近現代
概要
1936年9月から1937年10月にかけて、雑誌『宇宙風』に連載された長篇小説である。全24章。
主人公の祥子は、農村から北京に出てきた十八歳の青年で、人力車を引いて生計を立てている。望みはただ一つ、自分の車を持つことである。 賃借りの車では稼ぎの多くを持っていかれる。三年働いて金を貯め、新車を買う。
物語は、その望みが三度砕かれる過程を追う。買った車を軍に奪われ、貯めた金を官憲に巻き上げられ、最後は妻の葬儀の費用のために車を売る。
背景は1920年代の北京である。軍閥の争いが続き、治安は不安定で、下層の労働者に法の保護はない。
題名の「駱駝」は綽名である。車を奪われて逃げる際、三頭のらくだを連れ出して売り払ったことから、そう呼ばれるようになる。
老舎は1899年、北京の生まれ。満州族の下級軍人の家で、父は義和団事件の際の戦闘で死んだ。貧しい環境で育ち、その体験が下層民の描写に反映されている。
1924年から五年間、ロンドン大学で中国語を教えた。この間に英国の小説、とくにディケンズを読み、小説を書き始めている。
執筆の直接のきっかけは、友人から聞いた車夫の話だという。三度車を買い、三度失った男がいる、という短い話から構想したと、後の文章で述べている。
連載完結の直前、1937年7月に盧溝橋事件が起き、日中戦争が始まった。老舎は済南から武漢、重慶へ移り、抗戦の文芸活動に従事する。
版の異同がある。中華人民共和国の成立後、老舎は末尾の数節を削除した。祥子の堕落を極端に描いた部分と、社会への諦念を示す結びが問題になったためとみられる。現在流通する版には、削除前の完全版と削除版の両方がある。
老舎は1966年、文化大革命の始まった年に死去した。紅衛兵による批判集会で暴行を受けた翌日、北京の太平湖で遺体が発見された。自死とみられている。
文学史における評価と影響
中国近代文学における下層民の描写の代表作とされる。それまでの小説が知識人の苦悩を扱うことが多かったのに対し、この作品は無学な労働者の視点だけで書かれている。祥子は思想を持たず、社会の仕組みを理解しない。読者は、その理解の届かなさごと状況を見ることになる。
北京の言葉が用いられている点も特徴的である。老舎は北京の口語を文学の言語として使い、市井の語彙と言い回しを大量に取り込んだ。中国語圏では「京味」——北京の味わい——の文学の代表とされる。
主題としては、個人の努力が制度の前で無力であることが示される。祥子は怠けていない。飲まず、賭けず、女を買わず、ただ働いて貯める。それでも三度奪われる。勤勉が報われない構造が、繰り返しによって提示される。
末尾の「個人主義の末路」という評価は、議論を呼んできた。作品全体が個人の努力の限界を示している以上、この一句を作者の結論と取るか、当時の言論状況に合わせた締めくくりと取るかで読みが変わる。改稿の経緯も、この議論に関わる。
国外でも早くから訳された。1945年の英訳は、結末を改変してハッピーエンドにしたもので、作者に無断で行われた。原作の主題を反転させた翻訳として、翻訳史の例に挙げられる。
映画化・ドラマ化が繰り返されている。日本でも訳が読める。
あらすじ
祥子は農村の出で、身寄りがない。丈夫な身体を元手に人力車を引き、三年かけて金を貯め、ついに新車を買う。二十二歳だった。
半年後、郊外まで客を乗せた帰りに、敗走する兵に捕まる。車は奪われ、荷運びに使われる。混乱に紛れて逃げるとき、そばにいた三頭のらくだを連れ出し、農民に安く売る。以後、「駱駝祥子」と呼ばれる。
北京に戻り、人和車廠という車宿で働き始める。主人の劉四爺には、三十代後半の娘虎妞がいる。祥子は再び金を貯め始めるが、ある夜、虎妞に酒を飲まされて関係を持つ。
その金も失う。曹という学者の家で車を引いていたとき、曹家が政治的な嫌疑を受け、家宅捜索が入る。祥子は私服の官憲に脅され、貯めていた金を全部差し出す。貯金は制度の外にあるため、守る手立てがない。
虎妞は妊娠したと言って祥子に結婚を迫る。父の劉四爺は激怒し、娘と絶縁する。二人は貧民の住む雑院に移り住む。妊娠は嘘だったが、その後に実際に身ごもる。虎妞は祥子に、車を引くのをやめて商売をさせようとするが、祥子は車を引き続ける。
隣家には、父が娼婦として売り出した小福子がいる。祥子はこの娘に心を寄せる。
虎妞は難産の末、子とともに死ぬ。葬儀の費用を作るため、祥子は買ったばかりの車を売る。三度目の喪失である。
祥子は小福子に一緒になろうと言うが、養う家族がいるため断られる。金を作って戻ると約束して働きに出る。
戻ってきたとき、小福子は白房子——最下等の娼館——に売られており、そこで首を吊っていた。
以後、祥子は変わる。酒を飲み、賭け、病を得て、車をまともに引かなくなる。他人を騙し、金を借りて返さず、葬列で旗を持つ日雇いをして日銭を得る。かつて憎んだ密告も行い、革命運動に関わった知人を売って金を得る。冒頭で誠実だった青年が、最後には社会の底で人を害する存在になる。
作品の末尾は、この人物を「個人主義の末路」と呼ぶ言葉で閉じられる。