神の国

原題
De Civitate Dei
作者
アウグスティヌス
成立
413-426
ローマ
時代
後期古代

概要

413年から426年にかけて、十三年をかけて書かれた著作である。全22巻。当時アウグスティヌスは北アフリカのヒッポの司教だった。

執筆のきっかけは、410年の出来事にある。西ゴート族がローマ市を三日にわたって略奪した。八百年ぶりの陥落であり、帝国全域に衝撃が走った。古来の神々の祭祀をやめてキリスト教を国教としたためだという非難が起き、これに応える必要が生じた。

前半十巻が反論、後半十二巻が積極的な主張という構成をとる。

中心にある概念は、二つの国である。神を愛して自己を軽んじる者たちの共同体(神の国)と、自己を愛して神を軽んじる者たちの共同体(地の国)。 この二つは歴史の中で混じり合っており、最後の審判まで分離されない。地上のどの国家も、そのまま神の国ではない。

長大で、扱う範囲が広い。ローマの宗教史、ギリシア哲学、聖書の解釈、時間論、悪の問題、国家論。通読を前提としない構成になっている。

413年に執筆が始まり、426年に完了した。司教としての職務、他の著作、論争と並行して書かれたため、長期にわたった。巻ごとに順次公開されている。

背景には、帝国の変質がある。313年にキリスト教が公認され、392年には国教となった。繁栄する帝国とキリスト教が結びついた直後に、その帝国が略奪されるという事態が起きた。この著作は、その説明を求める要求に応えるものだった。

同時期、アウグスティヌスはペラギウス派との論争に関わっていた。人間が自らの意志で救いに至れるかをめぐる争いで、原罪と恩寵についての議論は、この論争の文脈にある。

他の主著に告白がある。430年、ヴァンダル族がヒッポを包囲する中で死去した。

文学史における評価と影響

歴史を一つの筋として捉える枠組みを提示した点が、後世に最も大きい。それ以前の歴史記述は、王朝や都市や戦争を扱うものだった。この著作は、創造から審判までを一続きの物語として構成し、その中に個々の出来事を位置づける。直線的な歴史という見方は、ここから西欧の思考に定着した。古代に一般的だった循環的な時間の見方が、明確に退けられている。

政治思想への影響も大きい。地上の国家を絶対化せず、しかし否定もしない立場が示される。国家は秩序と平和のために必要だが、それ自体が救いをもたらすことはない。教会と国家の関係をめぐる中世以降の議論は、この枠組みの上で行われた。

中世を通じて最も読まれた書物の一つであり、カール大帝が愛読したと伝えられる。ルネサンス期には、古代の宗教と哲学についての情報源としても用いられた。第6巻以降には、失われた著作からの引用が多く含まれ、他に伝わらないローマの宗教についての記述を残している。

宗教改革期には、ルターとカルヴァンがアウグスティヌスの恩寵論に依拠した。近代以降も、歴史哲学の系譜で参照される。ヘーゲル、マルクスの歴史観を、この枠組みの世俗化として論じる見方がある。

日本では訳が読める。長大なため、抄訳や部分訳で読まれることが多い。

内容

第1巻から第5巻は、繁栄のために古来の神々を祀るべきだという主張に反論する。ローマの歴史を辿り、神々を祀っていた時代にも敗北と災厄はあったことを列挙する。ローマが大帝国になったのは神々の加護ではなく、名誉を求める市民の徳と、神の摂理によると論じる。

第1巻には、略奪の際に暴行を受けた女性についての議論が置かれる。当時、貞潔を失ったとして自死を選ぶ例があり、その是非が問われていた。アウグスティヌスは、意志が同意していない以上、貞潔は失われていないと述べ、自死を退ける。ローマの伝説で称賛されてきたルクレティアについても、無実であるなら死ぬ必要はなかったと論じる。

第6巻から第10巻は、来世の幸福のために異教の祭祀が必要だという主張に反論する。ここでプラトン派の哲学が扱われる。アウグスティヌスは新プラトン主義を高く評価し、神を非物体的な存在と捉えた点でキリスト教に最も近いと述べる。そのうえで、仲介者の位置づけにおいて決定的に異なると論じる。

第11巻から第14巻は、二つの国の起源を扱う。天使の堕落、創世記の解釈、原罪。悪は実体ではなく善の欠如であり、神が造ったものではないという議論が展開される。人間の意志が神から離れたことが、地の国の始まりとされる。

第15巻から第18巻は、二つの国の歴史を辿る。カインとアベルから始まり、聖書の記述とローマの歴史を並行して記す。世界の歴史全体を一つの筋として叙述する構成になっている。

第19巻から第22巻は、二つの国の終わりを扱う。第19巻では平和が論じられる。地上の国家も平和を求めるが、それは秩序の平和にすぎない。真の平和は神の国にしかない。正義のない国家は盗賊の集団と何が違うのかという問いが置かれ、アレクサンドロス大王と海賊の問答が引かれる。大王に捕らえられた海賊が、自分は小舟でやるから盗賊と呼ばれ、あなたは大艦隊でやるから皇帝と呼ばれるのだ、と答える話である。

最後は、審判、地獄、そして神の国における永遠の安息が語られる。末尾で、そこには終わりのない安息日があると述べられる。

作者

登場する文学史