山の音

作者
川端康成
成立
1949-1954
日本
時代
現代

概要

死を意識し始めた老人が、息子の嫁への淡い思いをよすがに生きる話である。

主人公尾形信吾は、鎌倉に住む六十二歳の会社役員である。物忘れが増え、体の衰えを感じ、死が遠くないことを意識し始めている。

ある夜、信吾は「山の音」を聞く。山が鳴るような、地の底から響くような音。 それは、死の予兆のように、信吾を捉える。

信吾の家庭は、うまくいっていない。息子の修一は外に女を作り、妻の菊子を顧みない。 娘の房子は、婚家から子を連れて戻ってくる。老いた妻とは、心が通わない。

そんななかで、信吾の慰めになっているのが、息子の嫁・菊子である。清らかで、気立ての優しい菊子に、信吾は淡い、口には出せない思慕を抱く。それは、老いの寂しさと、失われた美への憧れが混じった感情である。

物語に大きな事件は起きない。季節が移り、庭の木が芽吹き、鳥が来て、能面や桜の話が交わされる。 そのささやかな日常の底に、老いと死の影が、絶えず揺れている。

川端が、戦後の円熟期に書いた作品にあたる。滅びゆくものへの繊細な感受性が、静かな筆致で結晶している。

文学史における評価と影響

戦後の川端の最高傑作とされ、円熟した芸術の到達点に数えられる。

主題は、老いと死の意識である。信吾は、日常のあらゆる細部——庭の音、夢、物忘れ——に、死の兆しを読み取る。「山の音」は、その死の予感の象徴にあたる。 派手な出来事を排し、老いの心の微妙な動きだけを追う。

菊子への思慕が、この作品の核心にあたる。信吾の感情は、恋愛でも欲望でもない。息子に大切にされない嫁への同情、老いの孤独、そして失われた若さと美への憧れが、分かちがたく溶け合っている。 川端は、この名づけがたい感情を、繊細に書き分けた。

日本的な美意識が、全編に流れる。能面、庭の草木、季節のうつろい。それらの伝統的な美が、老人の死の予感と重ね合わされる。 滅びゆくものの美しさという、川端の一貫した主題が、ここで最も静かに結晶している。

構成の緩やかさも特徴にあたる。章ごとに独立した挿話が積み重なり、明確な筋を持たない。その散文的な自由さが、老人の意識の流れに寄り添っている。

この作品は、雪国と並んで、川端のノーベル文学賞受賞(1968年)の主要な対象作とされた。海外でも高く評価されている。

あらすじ

鎌倉。六十二歳の尾形信吾は、会社役員として東京へ通う日々を送っている。近ごろ、物忘れが目立ち、体の衰えを感じている。

ある夏の夜、信吾は、「山の音」を聞く。風もないのに、山が鳴るような、遠い地鳴りのような音。信吾は、それを死の予告のように感じ、慄然とする。

信吾の家には、妻の保子、息子の修一と、その嫁の菊子が同居している。だが家庭は、静かにきしんでいる。修一は、戦後の荒んだ気分のなかで、外に女(絹子)を作り、妻の菊子をないがしろにしている。

信吾は、けなげに耐える嫁の菊子に、深い憐れみと、淡い思慕を寄せる。菊子の清らかさが、老いた信吾の心の慰めになっている。 その感情を、信吾自身、もてあましている。

やがて、信吾の娘房子が、夫とうまくいかず、二人の子を連れて実家へ戻ってくる。娘の不幸と、息子の不品行。 老いた信吾は、乱れた家庭のなかで、心の休まる時がない。

菊子は、修一の子を身ごもるが、夫の愛のない状態で子を産むことをためらい、ひそかに堕胎する。 それを知った信吾は、深く胸を痛める。

修一の愛人・絹子もまた、修一の子を宿し、こちらは産もうとする。皮肉な対照が、信吾の心を重くする。

季節はめぐる。信吾は、古い能面を眺め、その「慈童」の永遠の若さに見入る。老いた自分と、面の変わらぬ美しさとの対比が、死の意識をいっそう深める。

物語の終わり近く、一家は、秋の休みに信州へ紅葉狩りに出かける相談をする。菊子は、信吾のそばで、明るくふるまう。

大きな解決はない。修一と菊子の関係も、家庭のきしみも、そのまま残る。 ただ、老いた信吾の意識のなかで、季節がうつろい、死の予感と、菊子への思いとが、静かに揺れ続ける。

滅びに向かう日々の、かすかな美しさだけを掬い取って、物語は閉じられる。

作者

登場する文学史