アンダーグラウンド

作者
村上春樹
成立
1997
日本
時代
現代

概要

地下鉄サリン事件の被害者への聞き取りを集めた、村上春樹のノンフィクションである。

村上春樹は、小説家として知られる。だがこの『アンダーグラウンド』は、小説ではない。 一九九五年に起きた実際の事件を、その被害者の証言によって記録した、ノンフィクションである。

一九九五年三月、宗教団体オウム真理教が、東京の地下鉄で猛毒のサリンを散布した。通勤中の乗客が次々に倒れ、多数の死者と、数千人もの負傷者を出した。 戦後日本を震撼させた、無差別テロ事件である。

村上は、この事件の被害者、六十人以上に、一人一人、丁寧にインタビューした。その日、彼らはどこにいて、何を見て、どんな目に遭ったのか。事件のあと、どう生き、どんな後遺症や心の傷を抱えているのか。村上は、その語りを飾らずに、そのまま記録していく。

村上が向き合おうとしたのは、「なぜ、ふつうの人々が、突然こんな暴力にさらされたのか」という問いである。事件を、メディアがさかんに報じた加害者側の物語としてではなく、名もない被害者一人一人の側から捉え直そうとした。

後に村上は、続篇で加害者側にあたる元信者にも取材し、事件の全体像に迫った。

文学史における評価と影響

村上春樹が初めて本格的に取り組んだノンフィクションであり、小説家が現実の事件と正面から向き合った記録として、重要な作品とされる。

この作品の背景には、村上の転換がある。長くアメリカに滞在していた村上は、阪神大震災と地下鉄サリン事件という、一九九五年の二つの衝撃を機に、日本の現実に深くコミットする姿勢へと向かった。社会から距離を置いた作風で知られた村上が、日本社会の現実の傷に、正面から関わろうとしたのである。

方法は徹底した聞き取りである。村上は、六十人以上の被害者に会い、その体験と心情を、時間をかけて聞いた。そして、自分の解釈を押しつけず、彼らの語りをできるだけそのまま伝えようとした。 一人一人の名もない人生の重みが、そこに記録されている。

主題は個人と、それを襲う暴力である。村上は、この事件を、ねじまき鳥クロニクルで描いた「歴史の暴力」の主題と、深いところでつなげている。なぜ、ふつうに生きる個人が、理不尽な暴力の標的になるのか。 その問いが、この記録を貫いている。

続篇の『約束された場所で』では、村上は、加害者であるオウムの元信者にも取材した。被害者と加害者の双方に耳を傾けることで、村上は、この事件を生んだ現代社会の病理に迫ろうとした。 小説家の想像力を現実の解明に注いだ、稀有な仕事にあたる。

内容

『アンダーグラウンド』は村上春樹が、地下鉄サリン事件の被害者への聞き取りをまとめた、ノンフィクションである。

一九九五年三月二十日の朝。東京の通勤ラッシュの地下鉄で、宗教団体オウム真理教の信者たちが、猛毒の神経ガスサリンを車内に撒いた。朝の混雑した地下鉄で、乗客が次々と、目の痛み、呼吸困難、けいれんに襲われ、倒れていった。 死者十三名、負傷者は六千人を超えた。無差別の大規模なテロだった。

事件のあと、メディアは、加害者であるオウム真理教を、連日大きく報道した。教団の教祖、信者たち、その異様な世界。 報道の関心は、もっぱら「加害者の側」に向けられていた。

村上は、そこに大きな欠落を感じた。では、被害に遭った側の一人一人の人間はどうなのか。 その日、たまたまその電車に乗り合わせ、理不尽な暴力にさらされた、ふつうの人々。彼らの声は、ほとんど伝えられていなかった。

村上は、その被害者たちに、会いに行くことにした。一年以上をかけて、村上は、六十人以上の被害者に、一人一人インタビューを重ねた。

聞き取りに応じたのは、さまざまな人々である。会社員、駅員、主婦、学生。村上は、彼らに、事件の日のことを詳しく尋ねた。 その朝、どこで電車に乗り、何を感じ、どう倒れ、どう運ばれたのか。そして、事件のあと、後遺症や心の傷と、どう向き合って生きてきたのか。

村上は、自分の意見や解釈を、極力差し挟まない。彼らの語りを、飾らず、そのまま記録する。 その結果、この本には、名もない一人一人のかけがえのない人生と、それを突然襲った暴力の記憶が、生々しく刻まれることになった。

村上がこの本で向き合ったのは、「なぜ、ふつうに生きる個人が、突然、理不尽な暴力の標的になるのか」という問いである。この問いは、村上が小説ねじまき鳥クロニクルなどで追い続けてきた、「歴史の暴力」の主題と、深く通じている。

後に村上は、続篇で、加害者側であるオウムの元信者たちにも取材した。被害者と加害者、その両方に耳を傾けることで、村上は、この事件を生んだ現代社会の闇に迫ろうとした。 小説家が現実の事件と正面から向き合ったこの記録は、村上の文学の重要な達成の一つとなっている。

作者

登場する文学史