昭和史発掘
- 作者
- 松本清張
- 成立
- 1964-1971
- 国
- 日本
- 時代
- 現代
概要
昭和初期の暗い事件を、膨大な資料で掘り起こしたノンフィクションである。
松本清張は、日本の黒い霧で占領期の謎に挑んだ。この『昭和史発掘』は、その筆を、さらにさかのぼって、昭和のはじめ——戦争へと突き進んでいく時代の暗部へと向けた大作にあたる。
清張が取り上げるのは、昭和初期に起きた、さまざまな疑獄事件やテロ、思想弾圧である。芥川龍之介の死、共産党のスパイ事件、血盟団事件、そして陸軍の内部抗争。 清張は、これらの事件を、一つ一つ、丹念な資料調査によって掘り起こしていく。
この大作の白眉とされるのが、後半に置かれた二・二六事件の詳述である。一九三六年、陸軍の青年将校たちが、部隊を率いて起こした、大規模なクーデター未遂事件。清張は、この事件を、膨大な資料と関係者の証言をもとに、その計画から鎮圧まで、徹底的に再構成した。
清張が一貫して問うのは、日本が、なぜ破滅的な戦争へと突き進んでいったのかである。その原因を、清張は、昭和初期の一連の事件の底に、探ろうとする。推理小説家の目で、歴史の闇に隠された構図を、掘り起こす仕事だった。
文学史における評価と影響
松本清張の歴史ノンフィクションの最高峰とされ、その実証的な仕事の集大成にあたる。
日本の黒い霧が、占領期の事件を扱い、推理と憶測に頼る部分もあったのに対し、この『昭和史発掘』は、はるかに徹底した資料調査に基づいている。清張は、裁判記録、当事者の手記、新聞、公文書など、膨大な一次資料を博捜した。その実証性の高さゆえに、歴史研究としても評価される。
主題は、昭和が戦争へ向かった過程の解明である。清張は、破滅的な戦争が、突然起きたのではなく、昭和初期の一連の事件——テロ、疑獄、軍の暴走——の積み重ねの果てに来たことを、明らかにしようとした。歴史を、権力の暗部から捉え直す試みである。
二・二六事件の記述は、とりわけ名高い。清張は、この複雑な事件を、青年将校たちの動機から、事件の展開、そして鎮圧と処刑まで、圧倒的な情報量で再構成した。この事件をめぐる、最も重要な文献の一つとされる。
清張は、無名の人間の側から歴史を見る作家だった(或る「小倉日記」伝)。この大作でも、歴史の大きな流れを、それに翻弄された個々の人間の姿を通して描く。 推理小説で培った、事実を組み立てて真相に迫る手法を、昭和史の解明に注いだ、記念碑的な仕事にあたる。
内容
『昭和史発掘』は松本清張が、雑誌に長期連載したノンフィクションである。昭和のはじめ、日本が戦争へと突き進んでいく時代に起きた、さまざまな事件を、資料に基づいて掘り起こしている。
清張が取り上げる事件は、多岐にわたる。
たとえば、作家芥川龍之介の自殺。清張は、その死の背景を、時代の空気とともに読み解こうとする。あるいは、「スパイM」と呼ばれた、共産党に潜入していた警察の手先をめぐる事件。思想弾圧が強まるなかで、運動が内側から崩されていく過程を、清張は追う。
血盟団事件も扱われる。「一人一殺」を掲げた右翼のテロリストたちが、政財界の要人を暗殺していった事件である。清張は、こうしたテロが、なぜ生まれ、どう時代を動かしたかを、検証する。
そして、この大作の頂点をなすのが、二・二六事件の詳述である。
一九三六年二月二十六日、陸軍の青年将校たちが、千数百名の兵を率いて決起した。彼らは、政府の要人を襲撃し、東京の中心部を占拠した。大蔵大臣、内大臣らが殺害され、首都は一時、反乱部隊の手に落ちた。
清張は、この事件を、圧倒的な資料を駆使して、再構成する。決起した青年将校たちは、何を考え、何を目指したのか。彼らの純粋な理想と、その背後にある思想。事件の周到な計画と、その混乱した展開。そして、天皇の怒りによって「反乱軍」とされ、鎮圧され、処刑されるまで。清張は、その全体を、一人一人の人間の動きに即して、克明にたどっていく。
清張が、これらの事件を通して問うのは、一つのことである。日本は、なぜ、あの破滅的な戦争へと突き進んでいったのか。 その原因は、昭和初期のこうした暗い事件の積み重ねのなかに、隠されている。
推理小説家として、隠された真相を組み立てる目を持つ清張が、その目を、昭和という時代の闇に向けた。膨大な事実を掘り起こし、破滅への道を解明しようとしたこの大作は、清張の歴史ノンフィクションの最高の達成となっている。