李陵
- 作者
- 中島敦
- 成立
- 1943
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
匈奴に降った漢の将軍・李陵の悲劇を、三人の男の生き方を通して描いた作品である。中島敦の遺作にあたる。
主人公は、漢の武将李陵。わずか五千の兵で、匈奴の大軍と死闘を演じるが、衆寡敵せず、ついに捕らえられ、匈奴に降伏する。 生きて捕虜となったのである。
この降伏が、漢の都で問題になる。朝廷は、李陵を裏切り者として断罪する。そのとき、ただ一人、李陵を弁護した男がいた。史官の司馬遷である。その弁護のために、司馬遷は武帝の怒りを買い、宮刑(去勢の刑)という屈辱の刑に処される。
だが司馬遷は、その恥辱に耐えて生き延び、歴史書『史記』を完成させることに、残りの生涯を捧げる。
さらに、もう一人の男が対比される。蘇武。匈奴に使者として赴き、捕らえられても決して屈せず、極寒の北の地で十九年、節を曲げずに耐え抜いた。
降った李陵、恥を忍んで書いた司馬遷、節を守り通した蘇武。運命に翻弄されながら、三者三様の生き方を貫いた男たちの姿が、重ねて描かれる。
文学史における評価と影響
中島敦の最高傑作とされ、その文学の到達点にあたる。中島の死後、遺稿から発表された。
素材は、司馬遷の『史記』などに記された、漢の武帝の時代の史実である。中島は、その古典の世界を、格調高い文体で再構成し、人間の運命という普遍的な主題を描き出した。
主題は、運命と、それにどう向き合うかである。三人の男は、いずれも不条理な運命に打ちのめされる。李陵は、忠義を尽くしながら裏切り者にされ、故国に家族を殺される。その絶望のなかで、彼はどう生きるべきか、答えを見出せずに苦しむ。中島は、その揺れ動く内面を、深く掘り下げた。
三者の対比が、作品に奥行きを与える。屈した李陵、恥に耐えて仕事を成した司馬遷、節を貫いた蘇武。優劣を決めるのではなく、それぞれの生き方の重みを、等しく描く。 とりわけ、蘇武の不屈を前にした李陵の、羞恥と敬意の入り混じった複雑な心理が、印象深い。
中島の漢文の教養と、簡潔で力強い文体が、この作品を支えている。無駄のない、彫琢された文章が、古代の英雄たちの悲劇に、揺るぎない格調を与えている。
「生きるとは何か」「恥辱に耐えて生きることの意味」を問うこの作品は、中島の他の寓話的短篇より重厚で、日本近代文学の名品として、高く評価されている。
あらすじ
漢の武帝の時代。若き将軍李陵は、匈奴討伐の命を受け、わずか五千の歩兵を率いて、北の草原へと進軍する。
李陵の軍は、勇敢に戦う。だが、匈奴の主力、数万の騎兵に囲まれ、圧倒的な兵力差の前に、しだいに追い詰められていく。矢は尽き、兵は次々に倒れる。李陵は、なお奮戦するが、ついに包囲を破れず、衆寡敵せず、匈奴に捕らえられ、降伏する。
この降伏の報が、漢の都・長安に届く。
武帝は激怒し、朝廷の臣たちは、口をそろえて李陵を非難する。裏切り者、恥知らず、と。
そのとき、ただ一人、李陵を弁護する者がいた。史官の司馬遷である。司馬遷は、李陵の人となりを知っており、「李陵は、力尽きて降ったのだ。いずれ機を見て、漢に報いるつもりに違いない」と、その弁護を試みる。
だが、この弁護が、武帝の怒りに油を注ぐ。司馬遷は捕らえられ、宮刑——男としての機能を奪う、この上ない屈辱の刑に処される。
司馬遷は、絶望の底に突き落とされる。恥辱に死ぬべきか。だが司馬遷には、亡き父から受け継いだ、成し遂げるべき仕事があった。歴史を書くことである。司馬遷は、生き恥をさらしてでも、歴史書『史記』を完成させることに、残る命を賭ける決意を固める。
一方、匈奴の地に留め置かれた李陵は、単于(匈奴の王)に厚遇される。だが、故国への思いは断ちがたい。そんな折、漢から届いた報せが、李陵を打ちのめす。武帝が、降伏した李陵の一族——老母、妻子までも、みな殺しにした、というのである。
忠義を尽くしたのに、裏切り者とされ、家族まで殺された。李陵は、漢に帰る道を、完全に断たれる。 深い絶望と、故国への断ちがたい愛憎のあいだで、李陵は苦しみ続ける。
その匈奴の地に、もう一人の漢人がいた。蘇武である。
蘇武は、かつて漢の使者として匈奴に来て、捕らえられた。だが、いかに脅されても、いかなる好条件を示されても、決して漢への節を曲げなかった。単于は、蘇武を北の果ての酷寒の地に流し、羊を飼わせた。蘇武は、そこで十九年、旄(はた)の毛を食い、雪を舐めて飢えをしのぎながら、漢への忠誠を守り通していた。
李陵は、旧知の蘇武を訪ねる。降ってしまった自分と、節を貫き通した蘇武。その対比の前で、李陵は、深い羞恥に打たれる。同時に、この不屈の男への、抑えがたい敬意も覚える。 李陵は、蘇武に酒を勧め、涙ながらに語り合う。
やがて、武帝が世を去り、次の帝の代になって、蘇武は、ついに漢へ帰されることになる。 十九年の忍苦の末、白髪の老人となって、蘇武は故国の土を踏む。
節を守り通した蘇武は、英雄として迎えられた。
だが、李陵は、匈奴の地に残る。故国に帰る術を持たず、裏切り者の汚名を着たまま、異郷で生涯を終える。
そして、恥辱に耐えた司馬遷は、ついに『史記』を書き上げる。 屈辱の刑を受けた男が、その恥をこらえて生き延びたからこそ、後世に残る大歴史書が生まれた。
降った者、恥を忍んで仕事を成した者、節を貫いた者。運命に翻弄されながら、それぞれの道を生きた三人の男の姿を刻んで、物語は閉じられる。