国性爺合戦
- 作者
- 近松門左衛門
- 成立
- 1715
- 国
- 日本
- 時代
- 近世
概要
日本と中国の血を引く英雄が、明王朝の再興のために大陸で戦う、勇壮な浄瑠璃である。
近松門左衛門は、人形浄瑠璃の作者として、世話物(庶民の悲劇)と時代物(歴史・伝説の物語)の両方に傑作を残した。この『国性爺合戦』は、その時代物の代表作にあたる。
主人公は和藤内(わとうない)。日本人の父と、中国人の母のあいだに生まれ、日本で育った青年である。折しも中国では、明王朝が滅び、韃靼(だったん=満州族)に国を奪われようとしていた。 明の遺臣の血を引く和藤内は、母とともに海を渡り、大陸で明の再興のために立ち上がる。
物語には、勇壮な見せ場が次々に用意されている。和藤内が虎を素手で退治する場面、老母が味方につけるために自らの命を絶つ悲劇、そして城をめぐる合戦。 スケールの大きな異国を舞台にした波瀾万丈の展開が、観客を熱狂させた。
モデルは実在の人物である。明の遺臣として清に抵抗した鄭成功(ていせいこう)——日本人を母に持ち、台湾を拠点に戦ったこの英雄が、和藤内の下敷きになっている。
この作品は、大坂の竹本座で初演され、十七か月も続演するという空前の大当たりをとった。
文学史における評価と影響
近松門左衛門の時代物の最高傑作とされ、人形浄瑠璃の歴史においても、記念碑的な作品にあたる。
この作品の最大の特徴は、その空前の人気にある。竹本座での初演は、十七か月にわたって続演された。これは当時としては破格の記録で、人形浄瑠璃が庶民の一大娯楽として定着する、決定的なきっかけとなった。
人気の理由は、異国を舞台にしたスケールの大きさと、波瀾万丈の物語にある。虎退治、悲壮な自己犠牲、大合戦。日本を飛び出し、中国大陸を舞台に繰り広げられる勇壮な物語は、当時の観客に、これまでにない興奮を与えた。近松の観客を沸かせる劇作術の巧みさが、遺憾なく発揮されている。
歴史的背景も興味深い。モデルとなった鄭成功は、日中の血を引き、清に抵抗した実在の英雄である。近松は、同時代に近い異国の出来事を題材に、日本人の血を引く英雄の活躍として、これを脚色した。 鎖国下の日本で、海の向こうの世界への関心をかき立てた作品でもある。
近松は、曾根崎心中などの世話物で、庶民の恋の悲劇を描いた。この時代物では一転して、雄大で華やかな英雄譚を描き、その作風の幅の広さを示した。 歌舞伎にも移されて、長く上演され続けている。
あらすじ
中国、明王朝の末期。宮廷では、韃靼(だったん)と通じた奸臣の裏切りにより、明の皇帝が倒され、国が乗っ取られようとしていた。忠臣たちは殺され、生き延びた者はわずかである。
明の遺臣老一官(ろういっかん)は、かつて日本に亡命し、日本の女性と結ばれて、九州の平戸で暮らしていた。二人のあいだに生まれた息子が、和藤内である。日本人の母に育てられ、たくましい若者に成長していた。
明の滅亡の報が、海を越えて届く。老一官と和藤内は、明を再興するため、母を伴って、中国大陸へと渡る決意をする。
大陸に上陸した和藤内は、その途上で、猛虎に遭遇する。だが和藤内は、少しも臆さず、素手で虎を組み伏せ、退治してしまう。 その怪力と勇猛さを見て、通りかかった韃靼の兵たちも、和藤内に従うようになる。
和藤内は、明の再興のために、味方を集めようとする。頼りとするのが、父・老一官の先妻の娘、すなわち和藤内の異母姉である錦祥女(きんしょうじょ)と、その夫で明の将軍だった甘輝(かんき)である。甘輝を味方につければ、大きな力となる。
だが甘輝は容易には応じない。外国から来た和藤内を、簡単には信用できないのである。 疑いを解くには、和藤内の母を、味方の証(あかし)として差し出さねばならない、という難しい条件が立ちはだかる。
ここで、悲劇が起こる。和藤内の老母は、息子の大義を成就させるため、また異母姉・錦祥女の立場を守るため、みずから命を絶つ決意をする。 母の犠牲によって、甘輝はついに心を動かされ、和藤内に味方することを誓う。錦祥女もまた、夫と義弟のために、命を落とす。
肉親の悲壮な自己犠牲を経て、和藤内は、甘輝ら明の遺臣たちと力を合わせる。そして韃靼の大軍を相手に、明の再興をかけた、壮大な合戦へと突き進んでいく。
日中の血を引く英雄・和藤内の勇戦と、それを支えるために命を捧げる肉親たちの悲劇。異国を舞台にした波瀾万丈のこの物語は、勇壮な合戦の果てに、明の再興という大願へと向かっていく。