花鏡

作者
世阿弥
成立
1424
日本
時代
中世

概要

能を大成した世阿弥が、晩年に書いた、円熟の芸道論である。

世阿弥は、父・観阿弥とともに能を大成した。若い頃に風姿花伝を著した世阿弥が、六十代の円熟期に、その芸術観をさらに深めて記したのが、この『花鏡』にあたる。

この書には、後世に広く知られる言葉がいくつも記されている。最も名高いのが「初心忘るべからず」である。ただし世阿弥の言う「初心」は、単に「始めた頃の気持ち」ではない。その時々の未熟さ、乗り越えるべき壁のことを指す。若い頃の初心、人生の節目ごとの初心、そして老年の初心。それぞれの段階の「初心」を忘れず、たえず芸を新たにせよ、という教えである。

もう一つの名高い言葉が、「離見(りけん)の見」である。演者は、自分の姿を、観客の目から見なければならない。自分では見えない後ろ姿までも、離れた客席の目で客観的に見る。その「離見の見」によって、演者は自分の演技を、全体として捉えることができる。主観に閉じず、自分を突き放して見る眼の重要性を、世阿弥は説く。

芸の年齢に応じた稽古のあり方、演技の心得、そして芸の究極の境地。能という芸術を極めた世阿弥の思索の到達点がここにある。

文学史における評価と影響

世阿弥の後期を代表する能楽論であり、風姿花伝と並ぶ、日本の芸道論の古典とされる。

風姿花伝が、比較的若い頃に、父の教えを受け継いで書かれたのに対し、この『花鏡』は、世阿弥自身が長い舞台経験を経て到達した、円熟の芸術観を伝える。 より深く、より内省的な思索がここにある。

「初心忘るべからず」は、日本で最もよく知られた芸道の言葉の一つとなった。ただし、その本来の意味——各段階の未熟さを忘れず、たえず自己を更新せよ——は、しばしば誤解されている。芸のどの段階にも、乗り越えるべき「初心」があるという世阿弥の洞察は、芸術のみならず、あらゆる修練に通じる普遍性を持つ。

「離見の見」という概念も、後世に大きな影響を与えた。演者が自分を客観的に見る眼という考えは、能を超えて、演劇論や自己認識の問題として、繰り返し論じられてきた。

世阿弥の能楽論は、長く一子相伝の秘伝として、世に知られなかった。近代になって発見・公刊されて以降、その思想の深さが再評価され、日本の美学・芸術論の源泉として、高く評価されている。

内容

『花鏡』は世阿弥が、六十代の円熟期に著した、能楽の理論書である。若い頃の風姿花伝をさらに深めた、後期の芸道論にあたる。

この書で世阿弥が説く教えのうち、最も名高いのが「初心忘るべからず」である。

多くの人は、この言葉を「始めた頃の新鮮な気持ちを忘れるな」という意味に解する。だが世阿弥の言う「初心」は、それとは違う。 世阿弥にとって「初心」とは、その時々の未熟さ、まだ越えられていない壁のことを指す。

世阿弥は、初心を三つに分ける。「是非(ぜひ)の初心」——若い頃の未熟さ。「時々の初心」——年齢や芸の段階ごとにぶつかる、その時々の未熟さ。そして「老後の初心」——老年になってなお、初めて経験する未熟さ。どの段階にも、乗り越えるべき「初心」がある。それを忘れず見つめ続けることで、芸はたえず新しくなる。慢心して、自分はもう極めたと思った瞬間に、芸は死ぬというのである。

もう一つの重要な教えが、「離見の見」である。

演者は、舞台の上で、自分の姿を、どう捉えればよいか。世阿弥は言う。自分の主観的な感覚だけを頼りにしてはならない。演者は、離れた客席から自分を見る観客の目——「離見」を、自分のものにしなければならない。自分では見えない後ろ姿までも、その客観的な眼で捉える。「我見(自分の主観)」を離れ、「離見の見」に立つことで、演者は初めて、自分の演技を全体として、正しく捉えることができる。

世阿弥はさらに、芸の年齢に応じた稽古のあり方や、観客を感動させる演技の心得、そして芸の究極の境地についても、こまやかに説いていく。言葉で説明しきれない、芸の奥義。それを、世阿弥は、長年の舞台の実感に基づいて、可能なかぎり言葉にしようとする。

能という芸術を大成した世阿弥が、生涯の経験の末にたどり着いた、深い思索。その円熟の芸術観が、この『花鏡』に結晶している。

作者

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