注文の多い料理店

作者
宮沢賢治
成立
1924
日本
時代
近代

概要

宮沢賢治が、生前に出したただ一冊の童話集である。表題作をはじめ、九篇の童話を収める。

表題作「注文の多い料理店」は、賢治の童話のなかでも、最も皮肉のきいた一篇にあたる。

二人の都会の紳士が、猟に山奥へ入る。獲物も得られず、腹を空かせた二人は、立派な西洋料理店「山猫軒」を見つけ、喜んで入る。 ところが、この店は「注文の多い料理店」だという。

店の中を進むと、扉ごとに、奇妙な貼り紙がある。「髪をとかし、靴の泥を落としてください」「金物を外してください」「体にクリームを塗ってください」「壺の中の塩をたくさん体にすり込んでください」。

紳士たちは、店の丁寧なもてなしだと思い込み、言われるままにする。だが、注文はどんどんおかしくなる。そして、ついに気づく。「注文が多い」とは、店が客に注文をつけているのではない。この店は山猫の店で、紳士たち自身が、料理される獲物だったのである。 塩を塗り、クリームを塗らされたのは、食べられるための下ごしらえだった。

都会の傲慢な人間が、逆に「食われる」立場に転落する。賢治の、文明批判と、生き物の命への鋭い感覚が、ユーモラスな恐怖の物語に込められている。

文学史における評価と影響

宮沢賢治が生前に刊行した、唯一の童話集であり、詩集春と修羅と並ぶ、生前の数少ない著書にあたる。

表題作「注文の多い料理店」は、賢治童話のなかでも、最も広く知られた作品の一つである。「食う・食われる」の関係を逆転させるという着想が鮮やかで、教科書にも採られ、世代を越えて親しまれている。

主題は、傲慢な文明への批判である。獲物を殺すことを娯楽とし、命を軽んじる都会の紳士たちが、逆に食われる側に転落する。人間が、自然や生き物の上に立つという思い上がりを、賢治は痛烈に皮肉った。 賢治の、あらゆる命を対等に見る思想が、この逆転の物語に込められている。

賢治の童話の独自性が、この童話集全体に現れている。賢治の童話は、単なる子ども向けのお話ではない。「イーハトーヴ」と呼ばれる、現実と幻想の入り混じった世界を舞台に、生命・宇宙・信仰といった、深い主題が語られる。 序文で賢治は、これらの物語が「ほんとうのたべもの」になることを願う、と記した。

生前は、この童話集もほとんど売れなかった。だが賢治の死後、その童話は広く読まれるようになり、今日、「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」などとともに、日本の児童文学の古典となっている。この作品集は、その出発点にあたる。

内容

童話集『注文の多い料理店』には、表題作をふくむ九篇の童話が収められている。賢治は、その序文で、これらの物語が、澄んだ風や、桃色の朝日から受け取った、「ほんとうの」贈り物であることを願うと、独特の言葉で記している。

表題作「注文の多い料理店」は、次のような物語である。

二人の若い紳士が、猟銃を担ぎ、案内人を連れて、山奥へ狩りに来ている。都会風の、洒落た身なりの二人は、獲物が獲れないことに苛立ち、疲れた猟犬が死んでも、その損害額を惜しむような、冷たく傲慢な人間である。

道に迷い、腹を空かせた二人は、山の中に、不釣り合いなほど立派な西洋料理店を見つける。看板には「山猫軒」とある。二人は、喜んで中へ入る。

店の中は、なぜか、いくつもの扉が続く造りになっている。そして、扉ごとに、丁寧な貼り紙がしてある。

はじめは、「当店は注文の多い料理店ですが、どうかご承知ください」。 二人は、「注文の多い、はやる店なのだろう」と、都合よく解釈する。

だが、進むにつれ、注文は奇妙になっていく。「髪をきちんとし、靴の泥を落としてください」「鉄砲と弾丸を、ここへ置いてください」「金物と、眼鏡を外してください」。

さらに、「壺のクリームを、顔や手足に、よく塗ってください」「壺の中の塩を、たくさん体にすり込んでください」。

二人は、なおも「一流の料理店の、行き届いたもてなしだ」と思い込み、言われるままに従い続ける。

だが、ついに、最後の扉の前で、二人は、恐ろしい真実に気づく。

「注文が多い」というのは、店が客に、料理される準備をさせていたのだ。クリームや塩を塗らされたのは、味付けの下ごしらえ。この「山猫軒」は、客をもてなす店ではなく、迷い込んだ人間を、山猫が食べるための店だったのである。「注文の多い料理」の、その料理とは——自分たち自身だった。

真相を悟った二人は、恐怖のあまり、顔がくしゃくしゃの紙屑のようになる。扉の向こうから、山猫たちが、舌なめずりして待っている気配がする。

間一髪、案内人の猟師と、生き返った猟犬が駆けつけ、二人は、辛くも食われずに済む。

だが、恐怖にゆがんだ二人の顔は、東京に戻って、湯に入っても、もとには戻らなかったという。

命を軽んじ、思い上がった人間が、食われる立場へと転落する。この皮肉と教訓に満ちた表題作をはじめ、賢治独自の幻想と思想をたたえた童話が、この一冊に結晶している。

作者

登場する文学史