ゲオルク・カイザー

額の広い面長の顔を暗い背景で写したゲオルク・カイザーの白黒写真。蝶ネクタイに背広姿。
ゲオルク・カイザー
原綴
Georg Kaiser
生没
1878–1945
出身
マクデブルク(ドイツ中部・ザクセン=アンハルト州)
ドイツ
時代
20世紀前半

生涯

1878年、ドイツ中部のマクデブルクに生まれた。商社に勤め、南米のアルゼンチンで数年を過ごした。この時期に病を得て帰国し、療養しながら書き始めている。

1910年代から劇作家として世に出た。第一次大戦の前後に次々と戯曲を発表し、当時のドイツで最も上演される劇作家の一人になる。多作で、生涯に六十以上の戯曲を書いた。

1933年にナチスが政権を取ると、作品の上演を禁じられた。1938年、身の危険を感じてスイスへ亡命する。以後、困窮のなかで書き続けた。1945年、終戦の年にスイスで死去した。六十六歳だった。

作風

カイザーの戯曲では、人物が個人の名を持たない。「銀行員」「男」「女」「息子」といった、役割や型で呼ばれる。特定の誰かの物語ではなく、現代人一般の状況を描くためである。心理を細かく追うのではなく、人間を、社会のなかの機能として提示する。

台詞は短く、様式化されている。日常の自然な会話ではなく、切り詰められた、叫びに近い言葉が交わされる。感嘆符が多く、文が断ち切られる。この凝縮された台詞回しが、表現主義演劇の特徴になった。

主題は、金と機械の支配する社会からの、個人の解放である。『朝から夜中まで』では、一人の銀行員が大金を横領して逃げ、「新しい人間」として生き直そうとするが、一日のうちに幻滅して自滅する。金の世界を捨てても、行き着く先がないという構図である。

「新しい人間」への希求が、繰り返し現れる。堕落した社会を離れ、精神的に生まれ変わった人間になろうとする願い。だがその試みは、多くの作品で挫折に終わる。理想を掲げながら、それが実現しないことも同時に書く点に、この劇作家の醒めた視線がある。

作品

『朝から夜中まで(Von morgens bis mitternachts)』(1912年執筆、1917年初演)が代表作である。横領した銀行員の一日を追う。表現主義演劇の典型として、繰り返し上演された。

『ガス(Gas)』二部作(1918年、1920年)は、巨大なガス工場を舞台に、産業社会と人間の関係を扱う。爆発の危険をはらむ工場をめぐって、生産を続けるか止めるかが問われる。

日本語では戯曲の訳がある。

文学史における立ち位置と影響

表現主義演劇の最も代表的な作家とされる。人物を型で呼び、台詞を様式化し、個人の心理より社会の状況を描く。この方法は、当時のドイツの舞台の主流になった。

ブレヒトへの橋渡しとしても位置づけられる。感情移入を促す自然な心理劇を避け、人物を社会的な機能として見せるという方向は、次の世代のブレヒトの叙事的演劇に受け継がれた。個人の名を奪い、状況を提示するという手つきが共通する。

多作でありながら、今日まで残るのは一部の作品に限られる。表現主義の時代が過ぎると、様式化された劇は古びて見られるようになった。それでも『朝から夜中まで』は、この運動の演劇を代表する一本として読まれ、上演され続けている。

日本での受容は、ドイツ表現主義演劇への関心のなかで進んだ。

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