エルフリーデ・イェリネク
- 原綴
- Elfriede Jelinek
- 生没
- 1946–
- 出身
- ミュルツツーシュラーク(オーストリア)
- 国
- ドイツ
- 時代
- 戦後
生涯
1946年、オーストリア南部の町に生まれた。父はユダヤ系チェコ人の化学者で、戦時中は軍需産業に従事したために迫害を免れた。母はウィーンの富裕な家の出である。
母は娘を音楽の英才にするため、幼少期から厳格な教育を課した。ピアノ、オルガン、ヴァイオリン、リコーダー、作曲。ウィーン音楽院に十三歳で入学している。この教育の経験が、後に『ピアニスト』の素材になった。
ウィーン大学で演劇学と美術史を学んだが、精神的な危機によって中断し、一年ほど自宅から出られない状態になった。この期間に書くことを始める。
1960年代末から詩と小説を発表した。1974年にオーストリア共産党に入党し、1991年に離党している。
1980年代以降、オーストリアの右派政治家から繰り返し攻撃の対象になった。1995年、自由党は選挙ポスターにイェリネクの名を挙げ、この作家を支持するかしないかという構図を作った。以後、公の場に出ることを避けるようになる。
2004年、ノーベル文学賞を受賞した。授賞式には出席せず、ビデオによる講演を送っている。広場恐怖と社会不安のためと説明された。
現在も執筆を続けている。近年は自身のウェブサイトに直接テクストを公開する形をとることが多い。
作風
イェリネクの方法は、既成の言葉づかいを壊すことである。
広告の文句、流行歌の歌詞、新聞の見出し、政治家の演説、ポルノグラフィの決まり文句。こうした出来合いの言葉を作品に取り込み、少しずらし、切り貼りする。すると、その言葉が普段隠している力関係が見えてくる。言語そのものがイデオロギーを運んでいる、という前提に立つ。
そのため、読みやすい物語にはならない。語呂合わせ、駄洒落、引用の連鎖が続き、筋を追う読み方が成立しない。翻訳が極度に困難な作家として知られる。
主題は、権力と暴力、とくに性における支配である。『愛人たち』は、二人の若い女性が結婚によって生活を確保しようとし、いずれも失敗する話である。恋愛の語彙で語られる事柄が、実際には経済の取引であることが露出させられる。
オーストリア社会への攻撃も一貫している。ナチス期の過去、観光と山岳リゾートの牧歌的な自己像、カトリックの道徳。それらが結びついた構造を、繰り返し標的にした。
後期の戯曲では、登場人物が消えていく。台詞が誰のものか指定されず、長大なテクストの塊として書かれる。「言語の面(Sprachfläche)」と呼ばれる形式で、上演のたびに演出家がどう切り分けるかを決めることになる。
音楽の訓練が文体に出ているとも指摘される。反復、変奏、対位法的な複数の声の重なり。意味より音の運動として組まれる部分がある。
作品
『愛人たち』(1975年)
結婚を通じた階級移動を試みる二人の女性を扱う。
『したい気分』(1989年)
ポルノグラフィの言語を用いながら、それを内側から破壊しようとした作品である。
『ピアニスト』(1983年)
最もよく知られている。ウィーン音楽院のピアノ教師エリカ・コーフートは、四十近くになっても母と同じ寝室で暮らしている。生徒の青年に自分の性的な要求を手紙で示すが、それは屈従を求める内容だった。関係は暴力へ転じ、彼女は自らを刺して立ち去る。ミヒャエル・ハネケによる2001年の映画版が、カンヌでグランプリを受けた。
『死者の子供たち』(1995年)
最も長い長篇で、オーストリアそのものを死者の国として描く。イェリネク自身が最も重要な作品と述べている。
戯曲には『クララ・S』『トーテンアウベルク』などがある。後者は、ハイデガーとハンナ・アーレントを素材にする。
『光のない。』(2011年)
福島の原発事故を受けて書かれたテクストである。
日本語では『ピアニスト』が読める。
文学史における立ち位置と影響
イェリネクは、ドイツ語圏で最も論争的な作家の一人である。ノーベル文学賞(2004年)の選考では、選考委員の一人が抗議して辞任した。
言語がイデオロギーを運ぶという前提に立つ書き方は、20世紀後半のドイツ語文学の一つの到達点とされる。ウィーン・グループと呼ばれる実験的な作家たちの流れを受け継ぎ、それを社会批判へ向けた。
女性の位置を扱う作家として、バッハマンの後継に置かれる。イェリネク自身がバッハマンを重要な先行者として挙げており、私的な領域における暴力という主題が共通する。
オーストリアへの攻撃という点では、ベルンハルトと並べられる。両者とも国から賞を受けながら国を罵倒し続けた。ただしベルンハルトが個人の独白によったのに対し、イェリネクは社会に流通する言葉そのものを解体する。
演劇における「言語の面」の形式は、以後の劇作に影響した。人物も筋も持たないテクストをどう上演するかという問題を、演出家に投げる方法である。
翻訳の困難さが受容を制限してきた。語呂合わせと引用に依存するため、他言語では効果の大部分が失われる。日本語訳が少ないのもこの理由による。