現代生活の画家
- 作者
- シャルル・ボードレール
- 成立
- 1863
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
概要
移りゆく都会の現在にこそ美があると説き、「近代性」を定義した評論である。
ボードレールは、悪の華で近代詩を切り開いた詩人だがすぐれた美術批評家でもあった。この『現代生活の画家』は、その最も名高い美術評論にあたる。
ボードレールがこの評論で論じるのは、コンスタンタン・ギースという、一人の挿絵画家である。ギースは当時、それほど、高く評価されてはいなかった。彼は新聞や雑誌のために都会の風俗——社交界の女、街の群衆、兵士、馬車——を素早いタッチで描く画家だった。
だがボードレールはこの画家に新しい時代の美の体現者を見る。ギースは過去の古典的な主題ではなく、まさに今、目の前で移りゆく、現代の都会の生活を描く。 そのはかなく、移ろいやすい、現在の瞬間にこそ、新しい美がある、と。
この評論でボードレールは、「モデルニテ(modernité、近代性)」という、有名な概念を定義する。「近代性とは、はかなきもの移ろいやすきもの偶発的なものである。それは芸術の半分であり、他の半分は、永遠なるもの不変なるものである」。
移りゆく、都会の現在のはかない美をとらえること。その近代の芸術家のあり方をこの評論は、鮮やかに描き出している。
文学史における評価と影響
近代美学の記念碑的な評論であり、ボードレールの批評の最高の達成の一つとされる。
この評論の決定的な意義は、「モデルニテ(近代性)」という概念を定義した点にある。ボードレールは美を過去の古典に求めなかった。むしろ今、この変わりゆく都会の生活のなかにこそ、新しい、はかない美があると宣言した。この「現在」を美の対象とする考えは、近代芸術の根本的な理念となった。
芸術家像の刷新も重要である。ボードレールは理想の芸術家を「群衆の人」「遊歩者(フラヌール)」として、描く。都会の雑踏のなかを歩き、観察し、無数の移りゆく光景からそのはかない美を汲み取る者。この都会をさまよう観察者としての芸術家像は、近代文学と芸術に繰り返し現れる、原型となった。
印象派への予言としても読まれる。ボードレールがここで説いた、移りゆく現在の瞬間の美をとらえるという理念は、まもなく、モネやルノワールら、印象派の画家たちが、実践することになる。この評論は来るべき近代絵画を先取りしていた。
移りゆくものと永遠なるもの。その二つの結びつきとして、美をとらえるボードレールの美学は、近代の芸術と批評の出発点の一つとなった。今日まで繰り返し参照される、古典的な評論である。
内容
『現代生活の画家』はボードレールが、新聞に発表した、美術評論である。
ボードレールがこの評論で取り上げるのは、コンスタンタン・ギースという、一人の画家である。ボードレールはその本名を伏せ、「G氏」として、論じる。
ギースは当時、一流の画家とは、みなされていなかった。彼は新聞や、雑誌のために都会の日々の風俗を素早く、描く、挿絵画家だった。彼が描くのは社交界の着飾った女たち。街を行き交う、群衆。軍服の兵士。馬車。娼婦。まさにその時代の現在の都会の生活のあらゆる情景である。
多くの人はこうした、移ろいやすい、日常の風俗を絵画の高尚な主題とは、みなさなかった。だがボードレールはそこにこそ、新しい時代の美を見出す。
ボードレールによれば、ギースは、単なる、風俗の記録者ではない。彼は都会の雑踏のなかを歩き、無数の移りゆく光景を貪欲に観察し、そこからその時代の本質とはかない美を汲み取る、真の芸術家なのである。 ボードレールは、この都会をさまよう観察者を「群衆の人」「遊歩者(フラヌール)」、そして「大人になった子ども」と、呼ぶ。子どものように世界を新鮮な驚きをもって、見つめる目を持った芸術家である。
そしてボードレールはこのギースの芸術を通して、彼の最も有名な、美学の概念を定義する。それが「モデルニテ(近代性)」である。
「近代性とは、はかなきもの移ろいやすきもの偶発的なものすなわち、芸術の半分である。そして他の半分は永遠なるもの不変なるものである」。
ボードレールによれば、美は、二つの部分からできている。一つは時代を超えた、永遠で不変の要素。 そしてもう一つは、その時代に特有の移ろいやすく、はかない要素である。この二つ目の要素こそが、「近代性」である。
過去の偉大な芸術家がその時代の「近代性」をとらえたように現代の芸術家はまさに今、この変わりゆく都会の生活のなかからそのはかない、現在の美をとらえなければならない。 それが、ボードレールの芸術家に求めるものだった。
移りゆく都会の現在の瞬間にこそ、美がある。その近代の芸術家のあり方を鮮やかに描き出したこの評論は、「近代性」という概念とともに近代の芸術と批評の根本的な理念を打ち立てている。