ノートル=ダム・ド・パリ
- 原題
- Notre-Dame de Paris
- 作者
- ヴィクトル・ユゴー
- 成立
- 1831
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
概要
1831年3月に刊行された長篇小説である。全十一編。
舞台は1482年のパリで、作品の刊行時から三百五十年前にあたる。中心にあるのはノートルダム大聖堂で、建物そのものが第三編でまるごと一編を使って記述される。当時のパリの街の構造も同様に扱われる。
人物は、大聖堂の鐘つきカジモド、副司教クロード・フロロ、踊り子エスメラルダの三人が軸になる。
日本では『ノートルダムのせむし男』の題でも知られるが、原題は大聖堂の名だけである。
ユゴーは1828年に出版社と契約したが、七月革命などで執筆が遅れ、期限を切られて1830年9月から集中して書き、五か月で仕上げた。
執筆の動機の一つに、建築の保存がある。当時、中世の建物は価値のないものとされ、取り壊しや無造作な改修が進んでいた。ノートルダム大聖堂も荒廃しており、彫刻が壊され、内部が塗り込められていた。ユゴーは1825年に「取り壊し屋との戦い」という文章を書き、この問題を訴えている。
作品の第五編には「これがあれを滅ぼすだろう」という章がある。フロロが本を手に取り、大聖堂を指して言う言葉で、印刷術が建築に取って代わるという議論が展開される。それまで建築が担っていた記録と表現の役割を、書物が引き受けるようになる、という見立てである。
作品は評判になり、大聖堂への関心が高まった。1844年から修復工事が始まり、ヴィオレ=ル=デュクが担当した。現在見られる尖塔はこの修復で加えられたもので、中世のものではない。
文学史における評価と影響
建築が作品の主題として扱われている点が、この小説の特徴にあたる。第三編は物語をいったん止めて、大聖堂の構造と歴史、そして当時のパリの街並みを記述することに費やされる。人物より先に建物がある、という構成になっている。
歴史小説としては、スコットの影響下にある。ただしスコットが歴史上の事件を背景にするのに対し、ユゴーは特定の事件を扱わず、時代そのものを再現しようとした。
登場人物の造形も論じられる。カジモドは醜く、耳が聞こえず、言葉も不自由だが、作中で最も一貫した行動をとる。フロロは学識と地位を持ちながら、欲望を認められずに破滅する。外見と中身を反転させる配置が、意図的に置かれている。
この作品が実際の建物の修復につながった点は、文学が現実を動かした例として繰り返し引かれる。2019年の火災の後にも、この経緯が改めて言及された。
映画やミュージカルの原作として繰り返し使われている。多くの翻案では結末が変えられ、エスメラルダが助かる形になっている。
あらすじ
1482年1月6日、パリ。裁判所の大広間で、詩人グランゴワールの書いた劇が上演されている。誰も見ていない。群衆は、しかめ面の一番醜い者を法王に選ぶ余興に移る。
選ばれたのがカジモドである。大聖堂の鐘つきで、背が曲がり、片目が塞がり、鐘の音で耳が聞こえない。捨て子だったところを副司教フロロが拾って育てた。
同じ夜、広場ではエスメラルダという娘が踊っている。山羊のジャリを連れており、放浪の民の一団と暮らしている。
副司教クロード・フロロは、この娘を見て取り憑かれる。学識があり、禁欲を守ってきた聖職者である。フロロはカジモドに命じてエスメラルダをさらわせる。
だが近衛隊長フェビュスが通りかかり、エスメラルダを助ける。カジモドは捕らえられる。エスメラルダはフェビュスに恋する。
翌日、カジモドは広場の晒し台で鞭打たれる。喉が渇いて水を求めるが、群衆は嘲るだけである。そこへエスメラルダが来て、水を飲ませる。カジモドは初めて人から親切にされる。
フェビュスとエスメラルダが宿で会う。フロロが尾行しており、隠れていた部屋から飛び出してフェビュスを刺す。フロロは逃げ、エスメラルダが殺人の罪で捕らえられる。
拷問にかけられ、エスメラルダは自白する。死刑が決まる。
処刑の日、大聖堂の前で儀式が行われる。そのときカジモドが綱を伝って降り、エスメラルダを抱えて聖堂に運び込む。教会の中は聖域とされ、当局は手を出せない。
カジモドはエスメラルダを塔の部屋に匿い、食べ物を運ぶ。エスメラルダはカジモドの姿を恐れながら、次第に受け入れる。カジモドは笛を渡し、必要なら吹くように言う。
フロロが夜、部屋に忍び込む。エスメラルダは笛を吹き、カジモドが駆けつけてフロロを投げ飛ばす。相手が誰か気づいて手を止める。
放浪の民の一団が、エスメラルダを助けようと大聖堂を襲う。カジモドはこれを敵の襲撃と誤解し、上から石と溶けた鉛を落として撃退する。エスメラルダを守るための行為が、助けに来た者を殺すことになる。
混乱の中、グランゴワールとフロロがエスメラルダを連れ出す。フロロは最後にもう一度迫り、拒まれると、放浪の民を憎む隠者の女に娘を引き渡す。
その隠者は、十五年前に子をさらわれた女だった。首にかけた靴の片方から、エスメラルダが自分の娘だと分かる。だが兵が来る。母は娘を守ろうとして突き飛ばされ、死ぬ。
エスメラルダは絞首台にかけられる。
フロロは大聖堂の塔の上から、それを見て笑う。背後からカジモドが近づき、フロロを突き落とす。
その後、カジモドの姿は消える。二年ほど後、モンフォーコンの死体置き場で、絞首刑になった女の骨に、背の曲がった男の骨が抱きついた形で見つかる。引き離そうとすると、その骨は崩れて塵になる。