なしくずしの死

作者
ルイ=フェルディナン・セリーヌ
成立
1936
フランス
時代
20世紀以降

概要

パリの貧民街で育った少年期を猥雑で激烈な口語で描いた小説である。

セリーヌは、夜の果てへの旅で二十世紀文学に衝撃を与えた作家である。この『なしくずしの死』は、その続篇にあたる、自伝的な長篇小説である。

主人公フェルディナンは、夜の果てへの旅と同じく、作者セリーヌの分身である。この作品はそのフェルディナンの少年時代を描く。 舞台は、二十世紀初頭のパリの貧しい商店街である。

フェルディナンの一家は、パサージュ(アーケード街)で細々と店を営んでいる。父は鬱屈をためこみ、しばしば激昂する。母は必死に働き、家計を支える。 貧困と体面へのこだわりのなかで一家は、いがみ合いながら、暮らしている。

少年フェルディナンはこのみじめで猥雑な環境のなかで育つ。奉公に出されては失敗し、周囲の大人たちの欺瞞や、卑小さにまみれていく。病、貧困、暴力、性。人生のあらゆる汚辱が少年の目を通して、描き出される。

セリーヌの有名な文体が、ここでも炸裂する。俗語と罵倒と三点リーダー(……)で断ち切られる、激烈な口語の文体。 その汚辱にまみれた世界を猛烈なエネルギーでうたいあげる、独特の悲喜劇である。

文学史における評価と影響

セリーヌの代表作の一つであり、夜の果てへの旅と並ぶ、その独自の文体の達成とされる。

この作品の核心はその文体にある。セリーヌは洗練された、文学的なフランス語を拒む。代わりに彼が用いるのは、パリの下町の生きた口語、俗語、罵倒語である。文はしばしば三点リーダー(……)で断ち切られ、感嘆符が、飛び交う。その荒々しく、リズミカルな文体は、フランス語の書き言葉を革命的に変えた。

主題は貧困と人間の卑小さである。セリーヌは人間を美化しない。貧しさのなかでいがみ合い、欺き合い、みじめに生きる人々の姿を容赦なく、暴き出す。 その徹底したペシミズム(悲観主義)は、夜の果てへの旅から一貫している。

猥雑さと活力の共存が、セリーヌ文学の逆説的な魅力である。描かれる世界は汚辱に満ちている。だがそれを描く文体は猛烈なエネルギーと黒いユーモアにあふれている。 悲惨でありながら、滑稽で生々しく、生命力に満ちている。

セリーヌの文体は後の多くの作家に絶大な影響を与えた。その一方でセリーヌは、後年、反ユダヤ主義の言動によって、その名を汚した。 文学者としての巨大さと人間としての汚点とをあわせ持つ、問題含みの作家である。だがこの作品の文体の革命性は、揺るがない。

あらすじ

物語は医師となった、中年のフェルディナンの現在から始まる。彼は病に苦しみ、熱にうかされながら、自らの少年時代を回想する。

回想は二十世紀初頭のパリへとさかのぼる。

少年フェルディナンの一家は、パリのパサージュ(ガラス屋根のアーケード街)の一角で暮らしていた。母はそこで古いレースなどを売る、小さな店を営んでいる。父は保険会社に勤める、しがない事務員である。

一家の暮らしは貧しく、そして荒んでいた。父はうだつの上がらぬ自分の人生への鬱屈をためこみ、些細なことで激昂しては、家族に当たり散らす。母は体を悪くしながらも、必死に働き、なけなしの体面を保とうとする。貧困と見栄といらだちのなかで家族は、絶えず、いがみ合っている。

少年フェルディナンはこのみじめな環境のなかで育っていく。

彼は商売を覚えさせられるため、いくつかの店へ奉公に出される。だが行く先々でうまくいかず、失敗を重ねる。 彼が出会う、大人たちは、みな、どこか、いかがわしく、欺瞞に満ちている。少年は彼らの卑小さや、性の猥雑さにまみれていく。

やがてフェルディナンは、メレという、山師のような発明家のもとで働くようになる。このほら吹きで破天荒な男は、次々とばかげた発明や、事業を企てては、失敗する。そのめちゃくちゃな冒険に少年も、巻き込まれていく。

物語はこの貧困と失敗と欺瞞に満ちた、少年の世界を次々と描き出していく。病、暴力、性、そして死。人生のあらゆる汚辱が少年の醒めた目を通して、容赦なく、暴かれる。

これらすべてがセリーヌのあの独特の文体で語られる。俗語と罵倒に満ち、三点リーダーで断ち切られ、感嘆符が、飛び交う、激烈な口語。 その文体は、描かれる世界のみじめさとは、裏腹に猛烈なエネルギーと黒いユーモアにあふれている。

汚辱にまみれた、貧民街の少年期を猥雑で激烈な言葉でうたいあげる。悲惨でありながら、滑稽で生命力に満ちた、この独特の悲喜劇を通して、セリーヌは、人間の卑小さとたくましさを容赦なく、描き切っている。

作者

登場する文学史