人間嫌い
- 原題
- Le Misanthrope
- 作者
- モリエール
- 成立
- 1666
- 国
- フランス
- 時代
- 17世紀
概要
1666年6月に初演された五幕の韻文喜劇である。
主人公アルセストは、思ったことをそのまま言うべきだと考えている。世辞も社交上の嘘も許さない。他人にも自分にもそれを要求する。
だが、アルセストが愛しているのはセリメーヌという二十歳の未亡人で、この女は複数の男を同時に相手にし、その場にいない者の悪口で座を盛り上げている。アルセストの主張と、自分の恋の相手が、正反対の位置にある。
作品の笑いは、この矛盾から出る。同時に、アルセストの言うことは間違っていない。社交界は実際に嘘で成り立っている。そのため、この作品は喜劇でありながら苦さを伴うものとして扱われてきた。
初演は1666年6月4日。当時モリエールは困難な時期にあった。1664年にタルチュフが上演を禁じられ、1665年にはドン・ジュアンが十五回で打ち切られている。
この作品の興行は振るわなかった。当時の観客は、笑いの多い作品を期待していた。モリエールは短期間で、笑いを取りやすい別の一幕物を作り、この作品と組み合わせて上演している。
同じ時期、モリエールは私生活でも問題を抱えていた。妻アルマンド・ベジャールとの関係が悪化しており、周囲では噂が立っていた。アルセストとセリメーヌの関係に、この事情が反映しているという見方が古くからある。ただし裏づけはない。
モリエール自身がアルセストを演じ、アルマンドがセリメーヌを演じた。
文学史における評価と影響
主人公の扱いが定まらない作品として、繰り返し論じられてきた。
アルセストは笑いの対象である。些細なことで激高し、自分の主張を守れず、最も軽薄な相手に恋している。従来の喜劇の型でいえば、一つの観念に取り憑かれた人物にあたる。
同時に、アルセストの言っていることは正しい。社交界は嘘で成り立っており、裁判は金と縁故で決まり、詩を褒めるのは相手の身分のためである。この作品はそれを否定していない。
そのため、アルセストを笑うべきか支持すべきかで、上演の解釈が分かれてきた。18世紀のルソーは『ダランベールへの手紙』でこの作品を批判している。正直な人間を笑いものにすることで、観客に不誠実を教えることになる、という論である。
一方で、フィラントの立場も単純ではない。社交上の嘘を認めるフィラントは、常識的で穏やかだが、何にも本気にならない。作品はどちらの側にも決着をつけない。
結末に和解がない点も特徴にあたる。モリエールの他の作品では、最後に結婚が成立し、場が収まる。ここではアルセストが一人で去り、収拾されないまま終わる。
日本では上演の機会がタルチュフより少ないが、フランスではモリエールの作品のなかで最も上演回数の多いものの一つにあたる。
あらすじ
第一幕。アルセストが友人フィラントを責めている。いま別れたばかりの男を、名前も思い出せないのに親しげに歓待した、というのが理由である。フィラントは、社交にはそういうものが必要だと答える。アルセストは、自分は人類全体が嫌いだと言う。
アルセストは訴訟を抱えている。フィラントは、裁判官に働きかけるよう勧める。アルセストは断る。自分は正しいのだから、負ければそれで世の中の腐敗が証明される、と言う。
そこへオロントという宮廷人が来る。自作のソネットを聞かせ、意見を求める。アルセストは率直に言うことを避けようとするが、追い込まれて、こんな詩は屑籠に捨てるべきだと言い切る。オロントは激怒して去る。
第二幕。アルセストはセリメーヌに、他の男たちを遠ざけるよう求める。セリメーヌは受け流す。
侯爵たちが集まる。セリメーヌはその場にいない知人を次々に取り上げ、特徴を的確に挙げて笑いものにする。侯爵たちは喜ぶ。アルセストは、あなた方がこの人を煽っているのだと批判する。
宮廷から使いが来て、アルセストは呼び出される。オロントとの件が問題になっている。
第三幕。侯爵二人が、それぞれセリメーヌから脈があると聞かされていたことを確かめ合う。
アルシノエという女が訪ねてくる。信心深さを表に出しているが、実際はアルセストを狙っている。アルシノエはセリメーヌに、あなたの評判が悪いと忠告する。セリメーヌは同じ形で言い返す。あなたも同じことを言われている、と。
アルシノエはアルセストに、セリメーヌが自分を裏切っている証拠を見せると持ちかける。
第四幕。アルセストは、セリメーヌがオロントに宛てた手紙を突きつける。セリメーヌは、宛先は女かもしれないと言い、説明を拒む。それでもアルセストは、否定してくれれば信じると言う。
アルセストの従僕が来て、訴訟に負けたこと、逮捕状が出る可能性があることを伝える。
第五幕。アルセストは人里を離れて暮らすと決める。だがその前に、セリメーヌの返事を求める。
そこへ侯爵たちが、セリメーヌの書いた手紙を持って現れる。同じ日に、それぞれの男に宛てて書かれたもので、内容が互いに矛盾している。各人が自分に宛てた分を読み上げると、そこには他の男の悪口が書かれている。アルセストへの悪口も含まれる。
男たちは去る。オロントも去る。アルシノエも去る。
残ったアルセストは、それでもセリメーヌに求婚する。ただし条件を出す。人里を離れ、二人で暮らすこと。
セリメーヌは断る。二十歳で世間から引き離されるのは耐えられない、と言う。妻になることは承知するが、田舎には行けない。
アルセストは一人で去る。フィラントとその婚約者エリアントが、追いかけて連れ戻そうと言い合う。この二行で幕が下りる。