高瀬舟
- 作者
- 森鴎外
- 成立
- 1916
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
弟を殺した罪で島流しになる男が、なぜか晴れやかな顔をしている、という話である。短篇にあたる。
舞台は江戸時代の京都。罪人を大阪へ送る高瀬舟に、喜助という男が乗せられる。弟殺しの罪人である。護送役の同心羽田庄兵衛は、島送りになる罪人が、ふつう見せる悲嘆を、喜助にまったく見ないことに驚く。喜助は、むしろ晴れ晴れとした顔をしている。
不審に思った庄兵衛が問うと、喜助は語り出す。自分は生まれてこのかた貧しく、食うや食わずで働いてきた。それが今、島へ送られるにあたって、お上から二百文の銭をもらった。これほどの金を持ったのは初めてで、島でこれを元手に働けると思うと、ありがたくてならない。 足るを知る、その静かな喜びが、喜助の顔を晴らしていた。
そして、弟殺しの真相が語られる。病で苦しむ弟が、自ら喉を剃刀で切って死のうとし、死にきれずに苦しんでいた。弟は「早く抜いてくれ、楽に死なせてくれ」と兄に懇願する。喜助は、苦しむ弟を見かねて、その剃刀を抜き、弟を死なせた。
これは殺人なのか、それとも救いなのか。庄兵衛は、喜助を罪人と決めた「お上の判断」に、割り切れないものを感じる。 苦しむ者を、その願いのままに死なせることは、罪なのか。
「足るを知る」という主題と、「安楽死」という主題が、この短い舟の一夜に、静かに置かれる。
文学史における評価と影響
鴎外の代表的な短篇であり、日本の近代小説で最も早く安楽死の問題を扱った作品として知られる。
鴎外は、随筆「高瀬舟縁起」で、この作品の二つの主題を自ら明かしている。一つは「財産」、もう一つは「ユウタナジイ(安楽死)」である。
「足るを知る」という第一の主題は、喜助の姿に体現される。人はどれだけ持てば満足するのか。多くを持つ者ほど、なお足りぬと思う。 二百文で満ち足りる喜助の姿は、際限のない欲望への、静かな問いになっている。
「安楽死」という第二の主題は、より鋭い。苦しむ弟を、その願いのままに死なせた喜助の行為を、法は殺人と裁く。だが庄兵衛は、そこに割り切れないものを感じる。鴎外は、この問いに答えを与えず、「オオトリテエ(権威)に従うほかない」という庄兵衛の当惑のまま、話を閉じる。
軍医であり官僚であった鴎外が、この主題を選んだことが注目される。生と死の境、そして個人の判断と国家の法との緊張を、鴎外は自らの経験に即して見ていた。
簡潔な文体と、明確な問題提起により、この作品は今日まで教科書に採られ、生命倫理を考える出発点として、繰り返し読まれてきた。
あらすじ
江戸時代、京都。罪人を遠島(島流し)に処すとき、その者を大阪まで護送するのに、高瀬舟という小舟が使われた。
ある夜、同心の羽田庄兵衛は、弟殺しの罪人喜助を舟に乗せ、大阪へ下る役目を負う。
庄兵衛は、これまで何人もの罪人を護送してきた。遠島になる者は、みな一様に、暗く沈み、悲嘆にくれている。 肉親と引き裂かれ、遠い島へ送られるのだから、当然である。
ところが、この喜助は違った。空の月を眺め、いかにも晴れ晴れとした顔をしている。 まるで、物見遊山にでも出かけるかのようである。庄兵衛は、不審でならない。
「喜助、お前は何を思っているのだ」と、庄兵衛はついに問いかける。
喜助は答える。自分は、生まれてからずっと、その日暮らしの貧乏をしてきた。骨身を削って働いても、食べていくのがやっとで、蓄えなど一度も持てなかった。それが今、島へ送られるにあたって、お上から二百文の銭を頂いた。
「こんな大金を、懐に持ったのは、生まれて初めてでございます」
島へ行けば、この二百文を元手に、何か商売の種にできるかもしれない。働き口もあるだろう。そう思うと、島送りが、かえってありがたく思えてならない、と喜助は言う。
庄兵衛は、驚く。自分は喜助よりずっと多くの禄を得ているのに、いつも足りぬ、足りぬと思って暮らしている。それなのに、この男は、二百文で満ち足りている。人の欲には、際限がないのか。
次に庄兵衛は、喜助がなぜ弟を殺したのかを尋ねる。
喜助は、静かに語り出す。自分と弟は、二人きりの兄弟で、身を寄せ合って働いてきた。ところが、弟が重い病に倒れた。ある日、喜助が帰ると、弟は剃刀で自分の喉を切っていた。 兄に迷惑をかけまいと、自ら死のうとしたのだ。
だが、弟は死にきれず、剃刀を喉に刺したまま、血の海のなかで苦しんでいた。「頼む、これを抜いて、楽に死なせてくれ」と、弟は兄に懇願する。
喜助は、迷いに迷う。だが、苦しみ抜く弟を、これ以上見ていられない。喜助は、弟の願いのとおり、喉から剃刀を抜いた。弟は、それで息絶えた。 ちょうどそこへ入ってきた近所の者に見られ、喜助は捕らえられた。
話を聞き終えた庄兵衛は、深く考え込む。喜助のしたことは、はたして「人殺し」なのか。 苦しむ弟を、その望みどおりに死なせてやった。それは、罪なのか、それとも慈悲なのか。
庄兵衛には、どうしても割り切れない。だが、それを裁くのは、自分ではない。お奉行様の判断であり、お上の権威に従うほかない。
「腑に落ちぬものを、腑に落ちぬまま抱えて」、庄兵衛は舟を漕がせる。
月の光を浴びながら、高瀬舟は、黒い水の上を、大阪へと静かに下っていく。