小僧の神様

作者
志賀直哉
成立
1920
日本
時代
近代

概要

善いことをした人間の、後味の悪さを書いた短篇である。十数ページ。

秤屋の小僧仙吉は、鮨が食べたい。だが屋台で握りに手を出したところ、値段が足りず、恥をかいて手を引っ込める。

その場に居合わせた若い議員Aが、それを見ていた。後日、Aは偶然その小僧に再会し、鮨屋へ連れて行って、腹一杯食べさせてやる。 名も告げずに立ち去る。

普通なら、ここで美談として終わる。

だが志賀はそこで終わらせない。Aは、その後に妙に淋しい、いやな気持ちになる。なぜ自分は名を隠したのか。善いことをしたはずなのに、なぜ後ろめたいのか。偽善だったのではないかという疑いが、Aを離れない。

小僧の仙吉のほうは、その人を神様のように思う。姿を消した恩人を、人間離れした存在として記憶する。二人の気持ちが、まったく食い違ったまま終わる。

最後に作者が顔を出す。本当はこの後、仙吉が恩人の家を突き止める結末を書こうとしたが、それでは小僧が可哀想な気がしてやめた、と明かす。小説の外から、書き手が自分の判断を語って締めくくる。

文学史における評価と影響

志賀の短篇の代表作であり、その技巧が最もよく見える一篇にあたる。

達成は、善行を善行として書かなかった点にある。人に親切にすれば気持ちがよいはずだ、という常識を、志賀は裏返す。Aが感じるのは満足ではなく、居心地の悪さである。 なぜ自分は名を隠したのか、それは自分をよく見せたかったからではないか、と疑う。

この、善意の底にある自意識を書いたことが、この作品を単純な人情話から引き離している。

題名の逆説も指摘される。恩人を「神様」と思うのは小僧のほうだけである。当のAは、自分を神どころか偽善者ではないかと疑っている。同じ出来事が、一方では神格化され、一方では自己嫌悪になる。この落差が主題にあたる。

最後の作者の介入は、繰り返し論じられてきた。書き手が小説の枠から出てきて、自分がなぜこの結末にしたかを語る。フィクションであることを、書き手自ら暴く。 この手法は当時としては珍しく、後の小説の自己言及の先例として挙げられることがある。

「小僧の神様」という言葉は、思いがけず恵みをくれる人を指す言い回しとして、作品を離れて使われるようになった。

あらすじ

神田の秤屋に、仙吉という小僧が奉公している。番頭たちが鮨屋の話をするのを聞いて、仙吉も鮨を食べてみたくなる。

ある日、使いに出た仙吉は、屋台の鮨屋の前を通る。思い切って一つ、握りに手を伸ばす。 だが値段を聞くと、持っている金では足りない。

仙吉は恥ずかしくなり、握りを台に戻して逃げるように立ち去る。

その屋台には、若い貴族院議員のAが居合わせていた。Aは小僧のみじめな様子を見ていた。 何かしてやりたいと思うが、その場では言い出せない。自分も体裁が気になって、声をかけられなかった。

後日、Aは秤屋に用事があって立ち寄る。そこで、あのときの小僧が働いているのに気づく。

Aは仙吉に用を言いつけるふりをして外へ連れ出し、鮨屋へ連れて行く。 そして、好きなだけ食べろと言う。仙吉は夢中で食べる。

Aは勘定を済ませ、名も告げずに立ち去る。 仙吉には、店の者にも自分のことを言うなと口止めする。

その後、Aの気持ちが沈む。

善いことをしたはずなのに、晴れない。なぜ名を隠したのか。感謝されるのが照れくさかったのか、それとも、恩に着せたくない自分に酔っていたのか。Aは、自分の行いが偽善だったのではないかと疑い、いやな気持ちになる。

一方、仙吉のほうは違う。あの人は、自分の願いを見抜いて叶えてくれた。名も告げずに消えた。仙吉はその人を、人間ではなく、神様のように思うようになる。困ったことがあると、あの人がまた現れてくれるような気がする。

二人の気持ちは、こうして正反対のまま、交わらない。

ここで、作者が顔を出す。

本当は、この続きを書くつもりだった。仙吉が恩人の住所を突き止め、その家の前まで行く。だが表札を見ると、そこは小さな稲荷の祠だった——そういう結末を考えていた。

だが、それを書くと小僧があまりに可哀想な気がして、やめにした。作者はそう明かして、小説を閉じる。

作者

登場する文学史