深い河

作者
遠藤周作
成立
1993
日本
時代
現代

概要

インドのガンジス川へ向かう、数人の日本人の物語である。

同じツアーに参加した人々が、それぞれ別の傷を抱えている。妻を亡くした磯辺は、生まれ変わりを信じて、妻の面影を探す。戦争でビルマの死線をさまよった木口は、戦友の記憶に苦しむ。童話作家の沼田は、命を救ってくれた動物に報いようとする。

そして美津子。若い頃、信仰を持つ純朴な神学生大津を、遊びで誘惑して捨てた女である。その大津が、今はインドで、カトリックの司祭になりきれないまま、ヒンドゥー教徒に混じって働いている。

大津は、行き倒れた人々の遺体を、ガンジス川の火葬場まで背負って運んでいる。身分も宗教も問わず、ただ死者を運ぶ。信仰の教義からはずれた、その行為の中に、遠藤は救いを見ようとする。

ガンジス川は、あらゆるものを呑み込んで流れる。ヒンドゥー教徒の遺灰も、病人も、祈る者も、区別しない。この「深い河」が、宗教の違いを越えた何かの象徴として置かれている。

沈黙で「神の沈黙」を問うた遠藤が、晩年に、宗教の枠を越えた救いへたどり着いた作品とされる。遠藤の遺作に近い。

文学史における評価と影響

遠藤の晩年の代表作であり、その宗教思想の到達点とされる。

沈黙が、キリスト教という一つの宗教の内側で神を問うたのに対し、この作品は、宗教の違いそのものを越えようとする。キリスト教、ヒンドゥー教、仏教。どの神も、結局は同じ一つのものではないか、という問いが中心にある。

大津という人物が、遠藤の答えにあたる。大津は、正統なカトリックの司祭になれない。神は教会の中だけにいるのではなく、あらゆる宗教の底に、川のように流れている、と信じるからである。 その信念ゆえに、大津は教会から疎まれ、インドで死者を運ぶ。

「玉ねぎ」という言葉が、この作品で神を指すのに使われる。大津は、神という直接の語を避け、「玉ねぎ」と呼ぶ。教義の言葉ではない、素朴な呼び名によって、宗教を越えた何かを示そうとしている。

多声的な構成も評価される。数人の登場人物が、それぞれの傷と動機を持って、同じ川へ向かう。一つの主題を、複数の人生から照らす。 ドストエフスキーをはじめとする西洋の群像小説の方法を、遠藤なりに用いている。

宗教多元主義の文学的表現として、国内外で論じられてきた。一方、それぞれの宗教の固有性を薄めているという批判もある。すべての宗教を「同じ川」に流し込むことが、かえって各宗教を軽んじていないか、という指摘である。

あらすじ

日本からインドへ向かう観光ツアーに、それぞれ事情を抱えた人々が参加している。

磯辺は、妻をがんで亡くしたばかりである。妻は死の間際、必ず生まれ変わるから探してほしいと言い残した。磯辺は、その言葉を頼りに、輪廻を信じるインドへ来た。

木口は、第二次大戦でビルマ戦線を生き延びた元兵士である。飢餓の行軍のなか、死んだ戦友の肉を食べて生き延びた記憶が、今も彼を苦しめている。

沼田は童話作家で、病のとき、飼っていた九官鳥が自分の身代わりのように死んだと感じている。その命に報いるため、インドで鳥を放そうとしている。

そして美津子。裕福で美しいが、心が満たされない女である。学生時代、信仰にひたむきな神学生大津を、退屈しのぎに誘惑し、信仰を捨てさせようとして、そして捨てた。 その大津のことが、なぜか忘れられない。

美津子は、大津がインドにいることを知り、探す。

大津は、変わり果てた姿でそこにいた。フランスで司祭になろうとしたが、その汎神論的な信仰が正統から外れているとされ、行き場を失っていた。今はヒンドゥー教の聖地ヴァーラーナシー(ベナレス)で、身寄りのない行き倒れの遺体を、ガンジス川の火葬場まで背負って運んでいる。

美津子は、大津に問う。なぜこんなことをしているのか。大津は答える。玉ねぎ(神)は、教会の中だけにいるのではない。あらゆる場所に、川のように流れている。

ガンジス川では、無数の人々が沐浴し、祈り、死者を焼いている。ヒンドゥー教徒にとって、この川で死に、灰を流されることは救いである。川は、あらゆるものを呑み込んで、静かに流れている。

磯辺は、川のほとりで妻の面影を探すが、見つからない。それでも、この大きな流れの前で、何かに触れたと感じる。

物語の終盤、街で暴動が起きる。大津は、その混乱のなかで、けが人を助けようとして群衆に巻き込まれ、重傷を負う。

美津子は、傷ついた大津を思いながら、ガンジス川に身を浸す。汚れた、しかしすべてを受け入れる川の水の中で、美津子は、自分の中の乾いた何かが、わずかに潤うのを感じる。

大津の生死は、はっきりとは書かれない。深い河が、変わらず流れ続けているところで、物語は閉じられる。

作者

登場する文学史