ヴァザーリ
- 原綴
- Giorgio Vasari
- 生没
- 1511–1574
- 出身
- アレッツォ(トスカーナ地方・フィレンツェ南東約80km)
- 国
- イタリア
- 時代
- ルネサンス
生涯
1511年、トスカーナのアレッツォに生まれた。早くから絵の才能を示し、フィレンツェで学んでいる。当時すでに老境にあったミケランジェロに教えを受けたとも伝えられる。
画家として、また建築家として働いた。フィレンツェを支配していた銀行家の一族メディチ家に仕え、その庇護のもとで多くの仕事を得ている。ヴェッキオ宮殿の大広間の装飾、フィレンツェ大聖堂の円蓋内側の壁画。今日、世界有数の美術館であるウフィツィも、もともとは行政の事務所としてヴァザーリが設計した建物である。
だが、その名を後世に残したのは絵でも建築でもなかった。1550年、『美術家列伝』を刊行する。イタリアの芸術家の伝記を集めたこの大著は大きな反響を呼び、1568年には大幅に増補した第二版が出た。
以後も画家・建築家としての仕事を続けながら、著述を重ねた。1574年、フィレンツェで62歳で死去した。
作風
『美術家列伝』は、13世紀のチマブーエから同時代のミケランジェロまで、二百人を超える画家・彫刻家・建築家の生涯と作品を収める。
その記述は事実の羅列ではなく、逸話に富む。羊を描いていた少年ジョット——14世紀初頭に写実的な人物表現を開いた画家である——を、先輩画家チマブーエが見出した話。そのジョットが、腕前を試しに来た教皇の使者に、定規も使わず完全な円を描いてみせた話。レオナルドの奇癖、ミケランジェロの気難しさ。これらの挿話が、芸術家たちを人間として立ち上がらせる。
ただし、その多くは事実とは限らない。ヴァザーリは面白い話を好み、伝聞をそのまま記し、時に脚色した。史料として扱うには慎重さが要る。だが逆に言えば、その物語る力こそが、この書物を四百年以上読み継がれるものにした。
記述の根底には一つの歴史観がある。ヴァザーリは美術の歴史を三つの段階に分けた。第一は13世紀から14世紀。古代の優れた技法が失われたのち、チマブーエとジョットによって芸術が再び生まれた時期にあたる。第二は15世紀で、遠近法をはじめ技術が進み、写実が深まる。第三は16世紀。レオナルド、ラファエロ、そしてミケランジェロによって芸術が完成に達する。
この見方の中心にあるのが「リナシタ(rinascita、再生)」という語である。古代の芸術が中世に失われ、そして再び生まれた——この認識が、後の「ルネサンス」という時代区分の源になった。
芸術家を職人ではなく創造者として描いた点も大きい。それまで画家や彫刻家は、手を動かして注文をこなす職人と見なされていた。ヴァザーリはこれを、詩人や学者と並ぶ精神の創造者として位置づける。とりわけミケランジェロは、神から遣わされた者として描かれた。
作品
『最も優れた画家・彫刻家・建築家列伝(Le vite de' più eccellenti pittori, scultori e architettori)』、通称『美術家列伝』(1550年初版、1568年増補版)が代表作である。二百人を超える芸術家の伝記を、三つの時代に分けて配列した。増補版では存命の作家も加えられ、ヴァザーリ自身の伝記も収められている。
画家としては、ヴェッキオ宮殿の装飾画、フィレンツェ大聖堂の円蓋内側の壁画などがある。
建築ではウフィツィ宮の設計が最もよく知られる。ヴェッキオ宮殿とアルノ川対岸のピッティ宮を結ぶ渡り廊下「ヴァザーリの回廊」も、その仕事である。
日本語では『美術家列伝』の抄訳と全訳がある。全体は大部だが、レオナルド、ミケランジェロなど有名な画家の巻だけを収めた選集も出ている。
文学史における立ち位置と影響
芸術家の伝記を体系的に集め、時代ごとの発展として並べたことで、美術史は初めて学問として成立した。以後の美術史の記述は、修正を重ねながらも、この枠組みの上に立っている。
「ルネサンス」という時代区分そのものが、ヴァザーリの歴史観に由来する。ヴァザーリが使った「リナシタ(再生)」の語が、後にフランス語の「ルネサンス」になった。古代の文化が中世に失われ、そして再生したというこの図式は、ヨーロッパ史の基本的な区分になっていく。ただし図式そのものは後に批判も受けた。中世をひとまとめに暗黒として切り捨てる見方は単純にすぎる、という指摘である。
芸術家の地位を変えた点も見落とせない。職人から創造者へ、という転換である。天才という概念の形成にこの書物は深く関わっており、芸術家の伝記が読むに値する文学になるということも、ここに始まる。
史料としての扱いには注意が要る。記述には誤りが多く、とりわけフィレンツェ中心の偏りが指摘されてきた。ヴェネツィアなど他の地域の画家への評価は、しばしば不当に低い。だが、その誤りを一つずつ検証し直す作業こそが、美術史の研究を進めてきた面もある。
文学としても読まれ続けている。逸話の面白さ、人物描写の生々しさ。伝記文学の傑作としての価値は今日も失われていない。
日本での受容は、美術史の研究とともに進んだ。ルネサンス美術への関心のなかで広く読まれている。